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私は綾子ちゃんを見送り残っていたお茶を飲みほすと、杖を支えに立ち上がり寝室へと向かった。ベット横のチェストの引き出しを開けると一冊のノートとペンを取り出す。退院してから毎日つけている日記帳だ。
私がベットに腰掛けページをめくると、よく開いているせいで癖がついてしまったページが開いた。
〇月〇日
今日は綾子ちゃんに新しいアプリというものを教えてもらった。過去に戻ってやり直せるという話をしてくれたが、冗談だと思い笑ってしまったらひどく怒らせてしまった。どうやら綾香ちゃんは真剣に信じているらしい。申し訳ないことをしてしまった。次来てくれた時にちゃんと謝ろう。
〇月△日
今日は前回のことで真っ先に綾子ちゃんに謝ろうと思っていたが、顔を見た瞬間にそんなことは吹き飛んでいた。いつもは黒髪のショートだったのに、茶髪の髪をお団子にしていたのだ。その髪は地毛? なんて聞いてしまって、そうですよと不思議そうに返された。
でもメイクの雰囲気も違っていて、イメージチェンジしたの? とも聞いたけどいつもと変わってないですよと怪訝そうにされてしまった。
アプリのことを聞いても覚えていなかったし、どういうことだろう。
ことの始まりの半年ほど前の内容だ。あれから何度も同じようなやり取りをしてる。そして、今日も。
あの時は綾子ちゃんが記憶喪失にでもなったのだろうかと思ったが、今は私なりに解釈をしている。
きっと綾子ちゃんはあのアプリで何度もやり直しをしているのではないだろうか。過去に戻っているという記憶を失いながら何度も、何度も。
だから会うたびにちょっとずつ容姿が異なっているのだと思う。そうでもなければ髪を切るのはともかく、いきなりあんなに伸びるなんてありえないからだ。
なぜ私が覚えているのかは分からない。分からないけれど、覚えているうちはちゃんと書き留めておこうと思う。過去の彼女たちがいた証として。
「綾子ちゃんのあと一回、が終わるのはいつの日になるのかしら」
終わる時はこのノートからも私の記憶からも消えているのだろう。寂しい気持ちを抱えつつ私はペンを手に取った。
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