あと一回だけ、もう一回だけ。

9/9
前へ
/9ページ
次へ
 なんの証拠もなく大谷を窃盗犯扱いしたことにより、五人が命をおとし、そして大谷は人生を棒に振ったのだ。バカだなあと結子は思う。犯人は大谷じゃないのに。  そもそも高木が悪いのだ。パントリーのパソコンの前にぽんと財布を置いておくから。たまたま高木が担当する階に用事があって、結子はその財布を見つけた。パントリーの扉は閉じられており、ほかには誰もいなかった。結子には子どもの頃から窃盗癖があり、友達の持ち物を盗んだり、万引きしたりと、それまで何度も手を染めてきた。  いつも思うのだ。  これきりにするから、あと一回だけ、もう一回だけ。  もう絶対にしないから、あと一回だけ──と。  大谷には悪いことをした。そこは反省している。けれど、高木も荒木も悪いではないか。証拠もなく大谷を疑ったのだから。 「あーあ……」  仕事、続けられるのかな。  大谷の事件があって以来、売室数が激減している。これでは今月の給料は雀の涙だ。  テーブルの上を片付けながら、ふと、無造作に置かれた小銭に目が留まる。 「…………」  百円くらいならいいよね。ばれないよね。  こんなところに置きっぱなしにしているから悪いのだ。  これきりにするから、あと一回だけ、もう一回だけ。  結子は自分にそう言い聞かせ、百円硬貨をポケットに滑り込ませた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加