あと一回だけ、もう一回だけ。

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 この部屋のベッドメイクを終えたら、あと一回だけ休憩しよう。  伏木(ふしき)結子(ゆうこ)は、じっとりと額に滲む汗を指で払ってから、パンとシーツを伸ばした。  結子がハッピーホテルの客室清掃の職に就いたのは今から約三ヶ月前のことである。長年勤めていた会社を突然辞め、そのあとは二年ほど引きこもっていた。溜まりに溜まったストレスは、すぐに結子を次の職へとは導かず、だらだらと二年もの歳月を結子は無駄にした。といっても、とても働ける状態ではなかったので仕方がない。  もう人とは関わりたくない。  その一心で選んだのが、ホテルの客室清掃だ。最初の一週間こそ指導係のスタッフと共に働いていたが、一週間を過ぎるとひとりでフロアを任されるようになり、三ヶ月経った今ではもうすっかりベテラン扱いされている。それほど、この客室清掃という仕事は単純で単調で、誰にでもできるものであったが、誰にでもできるからといって簡単に続けていける仕事ではない。  とにかく体力がいるし、持久力と集中力、そしてなにより責任感を必要とする仕事だからだ。任されたフロアは自分がやらなければ誰もやってくれない。手伝うことさえ、誰もしてくれない。時給ではなく歩合制だから、他人の仕事を手伝うことに意味がないからだ。
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