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旅路
フィーの体調に影響を及ぼさないようにと設計された馬車は、時には中で横になることも可能だが、今は2人で隣同士で腰掛けている。
「キアと一緒だと、もっと元気になれる気がするな」
「そう言われたら、離れられなくなるじゃない」
「元よりそのつもりだよ」
「……え……っ」
まさか……謀って……?
「でも、冒険者としてのキアも好きだから、冒険者活動自由……と言うのは今まで通りだよ」
「フィー、ありがとう……っ!」
そうやって、いつもフィーは私のことを考えてくれる。もう住み込み王子妃と言うか、普通の公爵夫人なのだが、相変わらず私の自由は後押ししてくれる。これも血か……いや、フィーだからなのよね。
「それにしても……領地でも冒険者活動ができるのね」
元よりキャルロット公爵夫人のお母さまもそうだが。まさか私まで認めてもらえるとは。
「そうだよ」
「しかも、また領民のみんなと会えるのね」
それが何より嬉しい。あ……だけど、領民……領地と言えば。
「ねぇ、フィー」
「どうした?」
「領民たちは今の領地に移住したとは言え……元メローディナ公爵夫妻はどうして領地に向かったのかしら。城からの書状を見ていなかったとはいえ、領民の様子を見に行くようなひとたちじゃないわよ……?」
「あぁ……金が無くなったため領民から直接取り立てると息巻いて、お金もないのに馬車をツケで支払うと嘯き借りて、元メローディナ公爵領に向かったそうだ」
「領民たちから直接取り立てる!?そんなことしようもんなら、腕っぷし自慢の師匠を筆頭に袋叩きに遭うわね。実際に袋叩きにしたのは帝国だけれど」
「そうそう。陛下はメローディナ公爵のお家取り潰しを決定し、公爵領を国に返還させていた。そして冒険者含む領民たちのいなくなった領地は、魔物が溢れ荒れ放題だった」
あそこはそう言う土地だから、冒険者がいついたのだ。むしろ、冒険者のような腕っぷしがなければ無理だった。それゆえに、生き延びるために、みなあそこの土地を手放し出ていく。その土地をどうにかしなくてはいけないからこそ、公爵領となったのだが、メローディナ公爵家は冒険者任せで領主家が機能しなくなってしまった。私がギリギリで繋ぎ止めていたが……限界だったのだ。
「しかしそこで豊かな土壌が欲しく、更には武力が有り余っている帝国に『この土地あまってて、あげるから開墾とか整備お願い』と売りつけ、その友好の印にクレア姉上を王太子妃に迎え入れた」
魔物が湧き出、魔物ですら魅力的に感じ、居着き、目指す豊かな土地。
それゆえに魔物に対抗できなければ、人間がその土地を守り続けるのは不可能だ。そう言った面では、帝国はうってつけだろう。
「そしてすっかり帝国領になった旧メローディナ公爵領に、堂々と不法入国し『ここはわしらの土地だ』『金寄越せ!』と強盗まがいの脅迫をしたメローディナ公爵夫妻。彼らは開拓の陣頭指揮を任された、皇太子殿下率いる帝国軍人にひっとらえられたんだ」
しかも皇太子殿下が自ら……そうなるよう手配したのも、王太子殿下ではなかろうか。
「更に帝国の捕虜となった彼らは帝国のご厚意で王国に返却された」
ご厚意……ほんとご厚意ね。
どうしてそんなご厚意をくれたのかは、結果を見れば明らかだが。
「しかしながら事件はそこで終わらなかった。聖国から嫁いできた元王妃・エスメラルダは聖国に秘密裏に手紙を出し、今が王国を攻める好機だと書き記し、王国を聖国のものにした暁には自分を王太子母に、ヴィクトリオを王太子に据え聖王の娘と結婚させることを約束させたんだ」
ラディーシア王国でヴィクトリオを王太子にできないとなれば、今度は祖国を利用したのね。
今度は聖国でヴィクトリオを王にしようとした……あちらにも王太子がいるだろうに。思えばラディーシアでも、本来正妃となるはずだった叔母さまを差し置いて正妃の座にどっぷりと漬かったのよね。やることが変わらないわね。
そしてマリーアンナは相変わらずヴィクトリオの妻で、そうなっていたはずなのに、ちゃっかりマリーアンナを切り捨てヴィクトリオをほかの姫と結婚させようとしていた。
「エスメラルダが聖国のスパイだと思い込んでいた手紙を渡したスパイは……王国内に捕虜と一緒に招かれた王国公認の帝国スパイであり、その写しはしっかりと帝国が保管している」
いや、王国公認の帝国スパイって何……っ!そう言いたくもなるが、聖国を相手取るために、王国も帝国と徹底的に手を組んだのだ。
「そしてその手紙を、聖国のスパイに扮した帝国軍人が聖国に届け、聖国は王国に攻め入る理由ができたとあっという間に王国に攻めてきた……はいいのだが」
「どこから攻め行ったのかは……予想がつくわね」
「そうそう。実は帝国と聖国両国の国境を抱えるのが旧メローディナ公爵領。豊かではあるが、帝国と聖国は互いに牽制し合い、攻めきれずにいた。さらには屈強な冒険者たちもいたから、そう簡単にはその国境を侵せない。だが王国に攻め入る隙ができたのなら」
「自分たちが王国を攻めている間に、あの豊かな土地を帝国に横取りされないように、まずあそこを手に入れようとしたのね」
その後の魔物との鬩ぎ合いは、そのまま冒険者たちにやらせようとしていたのかしらね。
聖国には帝国のような武力はない。王国を攻めたのも、豊かな土壌と豊富な冒険者がいるから。そして国が瓦解したのならば、ついでに手に入れられると踏んだのか。今まで自分たちが何にビビって攻めて来られなかったのかも忘れて、目先の利益に飛び付いた。
「だが、旧メローディナ公爵領には、冒険者の不利をして、帝国の軍人たちが秘密裏に潜入して、キャルロット公爵領に移住する元領民たちと入れ替わり、聖国に気付かれないように着々と軍備を固めていたんだ」
冒険者の出入りも、物資の搬出入も多い土地だ。やり方は如何様にもある。
「そんな帝国軍が配備された場所に意気揚々と進軍した聖国は、ここぞとばかりに帝国に叩きのめされ勝手に攻めてきた聖国を、帝国は征服した」
さすがは帝国。そこら辺も容赦ない。容赦ないから帝国周辺の国々は攻められないように、帝国の様子を興味深く窺っている。聖国は欲を出しすぎて、帝国恐ろしさですら目に入らなかったのだろうな。
そして帝国は皇女の輿入れと共に、豊かな資源が手に入り、更に聖国をも領土に加えることができた。
また、王国側は才女と誉れ高いクレアお姉さまを王太子妃に迎え入れられてウハウハだ。
更には聖国のスパイである聖王太子夫妻と聖王太子母、その聖王太子妃の父母を国王陛下は栄転とし、帝国側に派遣することにした。
元より聖国に聖王太子がいたとしても、帝国が既に滅ぼしてしまったのだから、ヴィクトリオたちを聖王太子とするのも簡単だ。そうして亡き聖国の重鎮とすることで、クレアお姉さまへの不敬についてもとことん叩くのだろう。
「ついでに帝国領内に入った途端、彼らの権利は全て没収、王国籍除籍、てか聖国に寝返った時点で、王国籍は無いに等しい。正式に除籍の手続きを踏み、彼らは仲良く犯罪奴隷落ちしたそうだ」
相変わらずえげつない。しかしえげつない兄を持つ妹からしてみれば、兄や皇太子殿下の怒りを買うことをする方が悪いわね。ヴィクトリオやマリーアンナたちはまさにそれよ。
だってショコラもクレアお姉さまも、とっても素晴らしい女性なのだから。
「そして魔石さえ壊せば自由になると、みんな仲良く魔石を粉砕したおかげでいろいろがんじがらめになって泣きわめいているところを皇太子殿下に爆笑されたらしい」
いや……皇太子殿下。絶対にクレアお姉さまがバカにされたこと、根に持ってる。まぁ、私もクレアお姉さまをバカにされたことは嫌だったけどね。それにクレアお姉さまは、素晴らしい発明品をいくつも生み出すとてもすごい方なのだ。ルーク兄さんの発注品に関しては……敢えて触れないでおくが。今回の領地赴任でもクレアお姉さまは役立つだろうと言って、発明品をプレゼントしてくれたのだ。
※※※
途中途中、フィーの体調に配慮しながら進んだ旅路。広大なキャルロット公爵領に入れば、お父さまやコンラート兄さまが手配した宿屋にて、ゆったりと旅の疲れを癒しつつ進むことができた。
何よりキャルロット公爵領って、ラディーシア王国内でも有数の温泉産地なのよね。だから温泉につかりながらゆったり、まったりと。
そのゆっくりとした旅程は、王族の臣籍降下と言うお目出度い出来事を祝えるとして、行く先々の土地で歓迎された。フィーはあまり人前には立てないが、それでも、掛けてくれる声は温かなものだった。
やはり私は……この国が好きかも。
「キア、そろそろだ」
「うん、フィー」
フィーに手を差し伸べつつ、ジークさんやレナンも手伝ってくれて、フィーがゆっくりと馬車を降りれば、そこにはクレアお姉さまからの発明品があった。車椅子……と呼ばれるそれは、座りながらでも移動できる上に、魔力を使えば魔動で動かせる。膨大な魔力に酔い、時には放出させなくてはならない。そんな体質なフィーにはまさにピッタリな代物。
やっぱりクレアお姉さまは憧れのひとである。
そして、馬車を降りれば、その先で出迎えてくれた少女とその隣に立つ男性の姿を見て、大きく腕を振る。
「お待たせ~っ!リア~っ!師匠!」
「ふふぅ、久々に会えて嬉しそうだ」
「うん……!」
王都からも、ジークさんやレナンはもちろん、侍女や護衛を務めてくれるお姉さまたちや、冒険者たちも付いてきてくれたが……領地ではリアや師匠も待っている。その事は、これから暮らしていく不安や期待が混ざり合う心境に、どこか落ち着きをもたらしてくれた。
そして、フィーと一緒に、みんなと一緒にここに辿り着くのが、待ち遠しかった。
「行っておいで。俺は旅路でいつもキアと一緒だったから……今だけはジュリアに譲ってあげる」
フィーったら。全くもう……独占欲と言うか、何と言うか。しかし同じ志のリアのことはどこか認めているのよね。そんな優しいところも愛おしい。
そしてフィーが勧めてくれたのならば……。風を切るように勢いよく走り出せば、私はリアに向かってがばっと抱き着いた。
「お帰り!キア!」
お帰り……か。
これからはここが、私の帰る場所になるのね。
「ただいま、リア……!」
大切な、大切な……私とフィーの故郷だ。
「キア、そろそろ」
ふと見れば、フィーやジークさんたちもこちらに着いていた。そしてクスクスと苦笑している。師匠までプッと吹き出して……んもぅ。
「もう終わりなの?」
「だって、キア。俺だってキアと抱き合いたいのに」
と、かわいいことを言ってくれる。
「うむ、同志には、優しく……!」
リアまで……!師匠がさらに失笑してるじゃないの……!でも……友人と愛おしいひとのせっかくの気持ちだもんね。
「では、次はフィーに!」
私は、フィーの首に愛おし気に抱き着いた。
「あぁ、やっぱりキアを抱き締めてると落ち着くね」
何だか溺愛レベルがだんだんグレードアップしてない……?
「……むしろ、そうじゃなかったら私がキアを地平線のかなたまで連れて逃げる」
と、リア。
「その前に、この腕輪で強制転移させて俺の元へ呼び戻す」
と、フィーが負けじと私の腕にはめられたブレスレットを掴む。いやいや、転移!?現代では既に伝説級の古代魔法じゃない!転移魔法まで……もしかしたら、クレアお姉さまの知識を借りて、開発しちゃったの!?確かにフィーならば、膨大な魔力を持つから、魔法理論さえ構築できればわけわないし、適度に魔力を放出できるから……なかなかに実用的。クレアお姉さまを妃に……それならば、うちの国一の肥沃な領土くらいあげないとわりに合わないわね……。魔物が湧いても問答無用で狩れる帝国なら、あの土地は無理なく扱いこなせるし。
「でも……これがあればいつでもフィーに会えるってことよね。フィーの魔力を感じられるし冒険中も何時も一緒みたいで心強いわ」
転移は驚いたが、フィーの魔力が反応したこともある。離れていても、私たちの家で待っていてくれるフィーがいるのなら。
冒険者たちにとってのギルドは、家がなくとも、家から勘当されていようと、宿暮らし、野宿とて、帰る場所。その帰る場所があるから、私たち冒険者は過酷なクエストにも挑める。守るべきひとを守れる。
私にとってはフィーと暮らすこの領主邸が、帰る場所だから。
「……キア、俺もだ。俺もキアと一緒にいるみたいだ」
それなら……フィーも私がクエストに出ている間、寂しくないはずよね。
しかし……。
「そうだ、フィーはつけないの?」
こういう腕輪。
「俺も……?」
「その、お揃いとかいいなって」
「……!お揃いか!では、俺の分も作ってつけよう。それでお揃いだ」
「うん、お揃い」
「……全く。早く邸にいくぞ。日が暮れる」
そんな私たちを見ながらジークさんが呆れたように急かすので、早速領民のみんなが用意してくれた新しい公爵邸へ足を踏み入れた。
「ここは領主邸だけど、隣は……ギルドだよ」
リアがそう教えてくれる。
本来は領主邸の隣がギルドだなんてそうそうないのだけど……。
「キアならその方が過ごしやすいかなぁと」
「うん……みんなキアが近くにいる……ノリノリ」
どうやら私に過保護な2人が気を遣ってくれたらしい。それに領民たちも……とは。
「この後、挨拶に行こうね」
「もちろんだ」
領主夫妻が冒険者ギルドに挨拶……とはなかなかないことだが。
「ん……みんな待ってる」
「はい、師匠」
師匠がぽすんと私の頭に手を乗せてくれる。
「……オランジェットもな」
ふと出た亡き母の名に、思わず瞼の裏が熱くなる。
「ここは、オランジェットの地だ」
そう……国王陛下が、私の亡き母を思って付けた領地の名。
「その爵位を受け継いだことは、俺の誇りだよ」
いつの間にか、フィーが私をじっと見上げていた。
「この土地を、2人で……いや、みなで守っていこう。この先も、ずっと……」
「……うん、フィー」
この土地がみんなの故郷となるように。私たちの子孫たちにとっても、帰る場所となるように。
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