355人が本棚に入れています
本棚に追加
【side】住み込み妻始めました
その日、リアことジュリアは、ギルドの受付嬢の仕事を終えて、寮に帰るところだった。
「……おい、小娘」
リアを呼び止めたのは、リアが同志と呼ぶ領主の懐刀。いや、懐槍。
「……何」
リアは静かにその男……ジークを見やる。
「いい加減……キアラを自分の嫁と呼ぶのはやめろ」
「……キアは……私の嫁」
「だからやめろと言っているだろう!キアラは公爵夫人!フィーの妻だぞ!」
フィーはリアのそう言ったところも、キアへの一種の友人愛だと認めている。しかしながら……いかんせん衆目の目もある。このオランジェット公爵領に住むのは、大体が元メローディナ公爵領民の冒険者たちや、キャルロット公爵領時代の整備担当者だ。元々ここはダンジョンが多く、適切に管理する人材が足りず、多くのダンジョンが未開発、未踏破であったが、旧メローディナ公爵領からの冒険者たちによって、急速に整備が進み、踏破も進んでいる。
増援が多いことで、キャルロット公爵夫人やS級冒険者のルークも加勢に来てくれている。
元々は旧メローディナ公爵領の事情があり、あの土地を離れられなかった冒険者や世界に3人しかいないSS級冒険者のアーロン・パンプディンが加わっているのだから、キャルロット公爵夫人もルークも装備やパーティーも万全で挑めるようになったのだ。
この先、ダンジョン都市として運営していくにあたり、外からたくさんの冒険者が来るだろう。旧メローディナ公爵領とのやり取りや王太子妃の繋がりもあり、帝国からも鍛練のために冒険者や騎士たちが来る。
そんな中……領主夫人を嫁と呼ぶ受付嬢がいては、さまざまな憶測を呼んでしまう。受付嬢と言うのはギルドの顔。しかも王都でアイドルと言われたほどのルックスの美少女である。手を出せばアーロンが黙っていないから、そのルックスでも手を出すバカはいないが……。
「キアは……私の嫁」
「だからやめろと……」
「嫁とは伴侶の意味にはあらず」
「……違うのか……?」
同じにしか聞こえないが。
「伴侶のように大切、守りたい、推したいと言う……意味」
そう……そうなのか?ジークは暫し固まる。もしもフィーがその意味を理解しているのなら、リアを認めている理由も分からなくもないが。
「それは伴侶がいる者に使えば……その、不純関係とならないか」
「なん……とっ」
リアが崩れ落ちる。気付いていなかったのだろうか、この小娘。ジークが呆れたようにリアを見る。
「嫁を失ったこの胸の空洞を……どうすれば……いいっ」
「知らんわっ!」
ジークは踵を返し、立ち去ろうとする。
「私の純潔を奪っておいて……逃げるなんて許さない!」
「はぁっ!?」
またもや別の意味ととられる発言をしたリアに、ジークが目を見開く。
「……あ゛……?」
そして背後から感じた殺気に、ジークは決して聞かれてはならない人物に聞かれてしまったことに気が付いた。
「リアの……純潔……嫁入り前……純潔……っ」
熟練の冒険者と言うのは殺気を抑えるのだが、特に抑える必要がないのならば殺気を出す。むしろ今は積極的に出す時であろう。
「貴様あぁぁっ!」
その日、剣を抜けば災害級と恐れられるアーロン・パンプディンの太刀を、ジークが間一髪で受け止めた。
「……っ、おっ前……っ、俺の太刀を受け止めただと……っ!?」
「……っ」
柄までアダマンタイトでなければ、ヤバかった。後にジークはそう語ったそうだ。
「……認めよう」
何をだろう。ジークは一瞬そう思ったが、とてもじゃないが言えなかった。あの伝説の冒険者アーロン・パンプディンの背中の哀愁が……切なすぎたから。
「だが……っ、リアを泣かせたその時は……っ、必ず貴様を殺す……っ!!」
その気概はまさしく父娘であった。
そして涙ぐみながらその場を立ち去ったアーロン。残されたリアとジーク。
「ぱぱ……どうしちゃったの……?急にジークと……手合わせ」
そしてこの状況を全く以て理解していないリアに、ジークは恐怖で戦いた。武人として、恐怖の闇魔道具を開発するルークや娘の純潔の意味を誤解し斬りかかってくる最強の冒険者よりも……目の前の少女が一番、恐ろしい。
思えばこの少女、王子の離宮に来ても平然としていた。王子に対してもタメ語、そして気概を王子に認められるつわもの。さらには殺気立つアーロンにもビビらず、さらには国で5本の指に入る武人のジークにも全くビビっていなかった。
本当に恐ろしいのは……間違いない。彼女である。そして彼女が状況を理解しなければ、受け入れなければ、明日ジークの命はない。
「小娘……いや、ジュリア」
「……え、何、突然……名前」
結婚しなきゃ、今度は本気の本気のアーロンに殺されるんだから当たり前だろ……!そう心の中でツッコんだジークであるが、ぐっと我慢する。
「お前はキアラが好きなのだろう」
「……当たり前。キアは私の……親友」
リアが『嫁』と言う言葉を封じた。彼女なりに、彼女も変わろうとしているのだ。
「なら、キアラのより側で触れ合えて、社交界でもキアラを見守れる方法があるぞ」
フィーの特性上、社交シーズンに王都にと言うのは無理がある……はずだったのだが、フィーが王太子妃と共に転移魔法を開発してしまったので、王都に行くことは可能だ。適度に魔力を消費できる。だから国の重要な式典だけはフィーの体調を見ながら、国王陛下と王太子たちに顔を見せる予定だ。キアラが王太子妃を慕っていることもある。
「……だけど私、平民……離宮の時みたいには……いかない」
あそこでは外のひとの目が少ない。ひとの目はあれど冒険者としても活動した侍女たちだったから、温かく見守ってくれた。
しかし、王城のパーティーとなればそうはいかない。
平民の少女がパーティーホールまで公爵夫人のキアラに付き添うわけにはいかない。
「俺と結婚すれば、叶う」
「……ジークがフィーに付いていくから?」
「それもあるが……お前、俺の実家を知らないのか……?」
「え、知らない」
「旧メローディナ公爵領とは別に、帝国と領土を接するレイタス辺境伯家だぞ」
それほどまでに帝国の領土は広い。旧メローディナ公爵領も特殊な土地ではあったが、辺境伯領も辺境伯領で腕っぷしの強いものたちが集う、特別な土地である。
「お前……貴族ぅっ」
高位貴族と聞いてそんなに嫌がる平民の娘も珍しい。普通は目を輝かせないかと思うジークだったが、冒険者に育てられた娘であり、そうではないからこそ、ジークもよいと思った。それに武人である自分に脅えない娘も珍しい。伴侶として迎えても、絶えずビビられてはたまったものではないから。
――――何より、フィーの側に入られなくなるのは勘弁だ。
「俺はフィーを、お前はキアラを。すぐ側で同じ屋根の下、見守ることができる」
「……何と……っ、同じ、屋根の下……住み込み、すとーきんぐっ」
何だか気になる言葉を聞いた気がするジークだが、今はそんなことに構っていられない。今、いいところだから。
「そうだ!何故なら俺と結婚すれば、領主邸の妻帯者向け寮となる。さらにはフィーの第一の騎士である俺は、特別にフィーとキアラの寝室の隣の部屋を与えられている。夫に会いに行くのは普通だろう?」
「つまりそこで……キアにもしれっと会える……!」
「そうだ……!」
「……お前、天才か……っ」
「どうだ。俺と結婚するか」
「……する……!!」
即決であった。その後リアは貴族出身のお姉さまたちに、マナーを仕込まれることになるのだが、キアラのためにする努力をリアが嫌がるはずもなく。毎日キアラを見られる口実ができたリアは幸せまっしぐらであり、取り敢えずジークの命の危機は去ったのであるが。
2人の結婚を聞いたキアラとフィーが喜んだのに対し、リアの弟のレナンが崩れ落ちてやけにジークを心配したが……ジークはアーロンとの一瞬の死闘の真実は……詳しくは語らなかったそうだ。
【めでたしめでたし】
最初のコメントを投稿しよう!