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第4話
シリルがいるガゼボが見えてくると、女性達の話し声や笑い声が聞こえてきた。
「何だ? 随分大勢女性が集まっているな……?」
理由が分からずにガゼボに近づくと、ドレスを着飾った女性たちが集団で楽しそうに話をしていた。人数は……ざっとみて10人程度はいるかもしれない。
もしかして僕に内緒でパーティーでも開いているのだろうか?
そう思うと、むしゃくしゃした気持ちがこみ上げてくる。思わず足を止めて、女性たちの様子を見つめていると、1人の女性が僕に気付いた。
「あら? あなたはもしかして……レオニー様じゃありませんか?」
「え? ええ。そうですが……」
何故、僕のことを知っているのだろう?
すると、たちまち女性たちの視線が僕に集中する。
「え!? あのレオニー・バイロン様!?」
「あの名門セイントクロス学園の!?」
「この間、剣術試合で優勝されましたよね!? あの時からずっとファンだったんです!」
「ここへ来たということは、シリル様に招かれたのですね!?」
気づけば、女性たちに取り囲まれている。
「え? ちょ、ちょっと待ってください! 僕は……ただ……」
婚約者に会いに来ただけだと言うつもりだったのに、女性たちは最後まで話をさせてくれない。
その時、赤毛の女性が他の女性たちをかき分けて僕の元へやってきた。
「あの! レオニー様! 初めまして。私、ジョアン・ヘルムと申します!」
「は、はじめまして……。レオニー・バイロンです」
その勢いに押されて、僕も挨拶する。
「あの……誤解されないでくださいね? 私が今日、ここに来たのは友人の付き添いなんですの……」
「は、はぁ……」
一体彼女は何を言い出すつもりだろう? 他の女性たちも何故か固唾をのんで見守っている様子だ。
「あの、レオニー様……突然ですが好きです!! 剣術の試合で、あなたの勇姿を見た瞬間、恋に堕ちてしまいました! 私と交際して頂けないでしょうか!」
「はぁぁあっ!?」
何と、いきなりの告白だ。すると、周囲の女性たちが歓声を上げる。
「キャアッ! 言ったわ!」
「ついに言ったのね!」
「まさか本当に告白するなんて!」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 今、僕に告白しましたか? 聞き間違いじゃありませんよね!?」
僕に告白なんてありえないだろう!?
「いいえ。聞き間違いなどではありません! 本気の本気で告白しています!」
赤毛の女性は顔を真っ赤に染めて僕を見つめる。
するとその時――
「お待たせ、皆」
ふらりと、僕の婚約者……シリルが姿を現した。
「あ! シリル様!」
「驚きですわ。まさか、あのレオニー・バイロン様までお呼びになっていたのですね?」
「シリル様もお人が悪いわ。レオニー様とお知り合いだったなんて」
女性たちの言葉に、シリルの顔が青ざめる。
「な、何だって!? レオニー! お、お前……何だってここにいるんだよ!!」
いっちょ前に、ジャケット・スーツ姿という正装で姿を現したシリルが僕を指さして青ざめた。
「それはこっちの台詞だ! シリル! 一体これはどういうことだ! 何故、こんなに多くの女性たちを集めている! まさか……僕という婚約者がいながら、浮気をしていたのか!!」
「え!? 婚約者!?」
「レオニー様がシリル様の!?」
僕とシリルが婚約をしていることは、まだ殆ど誰にも知られていない。それはシリルが成人年齢になるまでは伏せておきたいと強く願っていたからなのだが……。
「シリル! 婚約の話を伏せていたのは、こうやって堂々と浮気をするためだったのか!」
ビシッとシリルを指差すと、生意気なことに言い返してきた。
「う、うるさい!! 俺はなぁ! 前からお前が気に入らなかったんだよ! 大体何だ! その言葉遣いは! 女なら女らしくしろ! 自分のことを僕なんて言うな!」
「僕と言って何が悪い! 男しか使っていい言葉と決められたわけじゃないだろう!」
「それだけじゃない! その男のような口調も気に入らないし、剣術が俺よりも優れていることも気に入らないんだよ!!」
「もうずっとこの言葉遣いだったんだ! 今更直せるものか!」
僕とシリルの口喧嘩の応戦は止まらない。
するとその様子を見ていた女性たちが、何故か口々にシリルに文句を言い始めた。
「酷いですわ! シリル様! 女性に対して乱暴な暴言を吐くなんて!」
「ええ、そうよ! レオニー様は私達女性の憧れの存在よ!」
「それを馬鹿にするなんて許せないわ!」
その言葉に、シリルが戸惑い始めた。
「え……? き、君たち……僕に好意を持っているんじゃ無かったのか? 一体誰の味方なんだい?」
するとその場にいた女性たち全員が声を揃えた。
『レオニー様に決まっています!』
「な、何だって……?」
グラリとシリルが膝をつく。
「全く、美味しいお菓子を用意してくれると言われて来たというのに……」
「婚約者がいるのに、こんな真似をするなんて最低ですわ」
「ほんと、クズですね。クズ」
女性たちはまるで結託したかのようにシリルに向って容赦ない言葉をぶつける。
「そ、そんな……」
へたり込むシリル。
いいざまだ。先程の口喧嘩で、シリルに対する気持ちが急激に冷めていった……というか、別に元々彼のことは好きでも何でも無かった。
ただ、親が決めた婚約者……それだけのことだ。
「行きましょう、レオニー様。あんな男、レオニー様には勿体ないですよ」
先ほど僕に告白してきたジョアンが声をかけてきた。
「ええ、行きましょう!」
「女同士でお話しましょうよ」
「私、良い会場を知っているんです」
「是非、レオニー様の武勇伝を聞かせて下さい」
女性たちが僕を取り囲む。
「そうだな……」
チラリとシリルに視線を移すと、彼は悔しそうに僕を睨みつけている。
「よし、それじゃ場所を移して話をしよう!」
僕の言葉に女性たちが頷く。
こうして僕は女性たちを引き連れて、シリルの屋敷を後にした。
その後……。
僕とシリルの婚約が破棄されたのは、言うまでもない――
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