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 ロエッタは辺境の貧しい村に生まれた。同い年の子供はいない。皆、はやり病やケガで命を落としてしまったのだ。  両親と送る慎ましい生活の中で、ロエッタは羊を追うのが仕事になった。森の傍を流れる川まで羊を追いかけた彼女……その前に現れたのが、不気味なモンスターだった。  ── こないで!  可愛い羊たちが殺されていく。  泣き叫ぶロエッタを追いかけるモンスターは、楽しそうに笑っていた。やがてロエッタが逃げ疲れ、転んだ瞬間。  モンスターはロエッタの足を掴むとぶら下げて、なんとスカートをめくりあげた挙句、乙女の恥部をまじまじと眺める。  生温い舌で味見でもするかのように、べろり、とロエッタの股を舐めあげた。 「このまま私は死ぬんだと思いました。いいえ、死よりもつらい屈辱を受けて、そして殺されるんだって……」  聖女がロエッタの背に手を当てた。ロエッタの表情は、あまりにも辛そうだった。  人間や魔族を破壊し、自己を増やすことだけに精神を注ぐ生き物がモンスターだ。モンスターに捕まったら最後、人間も魔族も問わず、子を産む腹になるよう強要される事件は少なくない。  聖女はそうして気がくるってしまった人間や魔族に、幾度となく手当てをしてきた。 「でも。助けてもらったんです、私……」  頬を染めるロエッタが、初夏の白い花のように可憐に笑った。 「それが、レガスでした。彼が魔族であり、魔王という高貴な血筋を引く男性だと知ったのはその時です。私を助けた彼は……『俺は魔王の血を引く男だ。家訓として、乙女に恥をかかせることは許されない。俺の妻となれ』って言い放ったんです」  村まで無事にロエッタを送り届けたレガスは、それから毎日のようにロエッタに付き添ってくれた。  一緒に羊を追いかけ、時には薬草を摘み、村にモンスターが迫ったときには迎撃に参加してくれた。  次第にロエッタもレガスへ気持ちを開くようになり、彼へ手縫いのシャツを贈った。村では男へ衣服を作るのは、妻となる女の役目だと教わって育ったからだ。  レガスはロエッタの本心を知り、顔を赤らめたという。 「……つまりロエッタさんは、魔王・レガスの恋人なの?」  王女が尋ねると、ロエッタは顔を真っ赤にした。 「こ、恋人になるんでしょうか? わ、わからないんです。もう成人の儀は済ませたので村では大人扱いですけど、その、レガスから『好きだ』とか言われたことはなくって……それにレガスも、自分が魔族であることは村の人には言っていないんです」  突然降ってわいた魔族と人間の恋物語に、聞き役となっている2人は興奮していた。  危ういところを助けた挙句、きちんと責任を取るという前向きな姿勢。おまけにその後も真摯に向かい合う姿。  何よ、話に聞いていたより魔王っていい奴じゃない。 「王女様。でしたら、私たちを呼ぶ理由が分かりません。何故……?」  聖女が話を戻した。  ハッとして王女は顔をあげる。  確かに。そもそも、3人がこの暗闇に集められたのは、魔王・レガスが突如として世界征服を宣言したためだ。  魔族は魔法に長けており、武力に関しては実際、どの国も叶わない。魔族の使う魔法は、人族が弓を放つ間に、国一つを潰せる岩を投げつけてくるような強烈さを持っている。  そんな彼らからの、突然の世界征服宣言。  普通の国なら笑って流すが、相手は魔族だ。  各国は大混乱に陥り、かろうじて対話までこぎつけられた友好国である王女の国が、世界征服を回避する条件を聞きだした。  その条件とは『魔王への嫁入り』。  候補者は3人。王女、聖女、そしてロエッタだった。 「た、確かにそうね。ロエッタさんを娶るためなら、私たちを呼ぶ必要はおろか、世界を滅ぼす宣言もしなくていいわよね?……わが国では、人間と魔族の結婚を禁じていないし、なんなら私の母上は魔族だもの……」 「えっ、そうなんですか!?」 「そうよ、ロエッタさん。だから魔族の国も、我が王、つまり私のお父様からの呼びかけに応じたの。母上の御実家が、大変に苦労して働きかけてくださったのよ」  ぽかんとしていたロエッタが、顔をますます赤くした。 「申し訳ありません。うちの村は隣国の影響が強いんです。国境沿いにあるのも大きいんでしょうけど……」 「隣国? まあ! でしたら、魔族と人間の結婚が無理だと思うのも仕方ありませんわね」  聖女はため息交じりに言う。隣国は過去に魔族といさかいがあったらしく、今でも『モンスターは魔族の子分』だと民に言い含めているのだ。王都には教育制度があるが、辺境の村までは浸透できていないことを、王女も聖女も知っている。  ロエッタの村では隣国の話が信じ込まれ、魔族と人間の間に根強い差別が残っていても仕方がないかもしれない。  レガスが魔族であることを隠したのも、差別を感じ取ったためだろう。 「なら、可能性としてあるのは……」 「教会の最大決意見を持つ聖女たる私、そして国の要ともいえる唯一の直系王位継承者である王女様を連れてくることで、ロエッタさんとの結婚を『村人』に認めさせるためでは?」 「それしかないわよね。万が一、私たちが応じなかったら、世界征服で有無を言わせず結婚する予定だったとか……」  するとロエッタが首を横に振った。 「でも、そんなこと、ありえません」 「なぜ? だって、聞く限りは……」 「私。本当に。レガスに一度も『好き』だとも『愛している』とも言われていないんです。それに、妻になれといったのは、あの時だけで……」  肩を落とすロエッタは、今にも泣きだしそうだった。だが、聖女と王女の沈黙を前に、乙女の目からついに透明な雫があふれ出す。 「だから、本当に、ほんとうにレガスが世界征服するなら、私、わたし、どうしたらいいか……」 「落ち着いてロエッタさん。貴女が確認すべきは、たった一つよ」 「そうですよ。本当に世界征服を彼が考えているのか、魔王レガスに確認を取るべきです。私は、聖女としてロエッタさんの意思を尊重いたします」 「えっと……わ、私は……」    乙女は涙を必死にぬぐい、叫んだ。 「世界征服をするレガスなんて、嫌なんです! 私は、あの日私を助けてくれた優しいレガスのお嫁さんに、なりたいんです!」  聖女と王女。二人の顔に笑みが浮かぶ。  めちゃくちゃ応援したい、この子。
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