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なんだか寂しいな、と思うことの多い人生だった。敬とは文字を習うよりも前から一緒に遊んでいた。いわゆる幼なじみ。年が同じだったから、多分家の者同士が勝手に会わせていたのだろう。
小さい頃の俺は今よりずっと恥ずかしがり屋で臆病だった。知らない人の前だと緊張して知ってる大人の後ろに隠れる、そんな子だ。両親が不仲だったため家の中はいつもピリピリしていた。幼少期の俺が、家に対して持っていた一つのイメージがある。
家の中には見えないレーザーがたくさん張り巡らされてあって、それを上手く躱さないといけない。なのに俺は愚図でのろまだからいつも引っ掛かってしまう。だから怒られるんだろう。そう思っていた。理由の分からない罵倒が多くて、そうとでも思わないと納得出来なかった。今考えてみれば、理由なんてなかったんだなと分かる。強いて言うなら俺が小さい子供だったこと。未就学児には女性だって勝てるから、怒りや不満を存分に向けて大丈夫。
知らない人の前だと緊張するのは怒られるのが怖かったからかもしれない。しかし周囲はそれを恥ずかしがり屋、の一言で片付けた。
とにかく、愚図でのろまな俺をいつも引っ張っる敬。それが昔の俺達だった。
周りの大人はそんな俺をよく叱咤した。
長男なのに、跡継ぎなのに
こんなのは駄目だ、といった具合に。
こんなのは駄目、なんてよく言う。駄目にさせているのは誰だ。呪いの言葉を吐くあんた達だろう。
しかし小さな俺はただただ悲しかった。怒られると自分が駄目なヤツな気がして落ち込んでいた。
今なら分かるがそれは無意識の呪いだ。本人の個性と求められている像なんて合わないことの方が大半なのに。無理に型にはめようとするのは本人を苦しませ、巨大な劣等感を植え付けることになる。ちょうど俺のように。
男だから、女なのに、跡継ぎだから、長女でしょ。そんなものは望んでなった訳じゃない。だから頑張って聞き入れる必要はないのだ。
小さな頃の俺が現れたらそう言ってやりたい。
話を戻すと、敬は怒られるのではと怯えている俺とは違ってハキハキした奴だった。初対面の大人にも人懐っこくて、笑顔でコロコロ喋る愛らしい子供。それは俺と違って大層可愛がられた。
初等科に通うようになるとその差は更に顕著になった。物怖じせずに喋って運動も勉強も出来る。それを自慢気にすることなく皆に親切で謙虚。残念だが人望を得るのは当たり前だ。
それは学校以外、祓い屋の業界でもそうだった。
敬は第六感、異形を見えるようになる力が俺より随分早く現れた。
一度も誉められたことのない経験と幼少期から刷り込まれた呪いの言葉。その隣で人々の期待を一身に受け輝く敬。俺には生きてる価値がないんだな、と感じるには十分だった。
そんな何もかもダメな自分はある日、特別なことを知った。
寝苦しくて水を飲もうと真夜中に起きたあの日。何故かよく覚えているのは、食器棚からコップをとるのに随分苦労したこと。だから身長は120もなかった頃だと思う。
『全く浦辻家の行動はいつも頭に来る。政府は異形が増え続けている状況に何も違和感を感じないのか』
『幕末の動乱では一定数の武士が命を落としたからな。その呪いだ祟りだと言えば頭の古い奴らはきっところっと信じるのだろう』
なんのことだ、と思った。やけに心臓がバクバクして気が付けば障子の隙間に耳を当てていた。
『そもそも異形というもの自体、浦辻が勝手に作り出したのだ。妖怪が減り仕事がなくなった先代が地位の衰退を危惧して、遺体に呪いをかけ無理矢理に動かした。禁忌ともいえる術だ。我々はもう数十年も八百長を続けていることになる』
にわかには信じがたいセリフが聞こえてきて、唾を飲む。水を飲んだのにも関わらず喉は渇いたままだった。
『それにしたってたちが悪い。何も浦辻の家からあのような才能が生まれなくても良いものを』
『ああ真か。あれも中々の厄介事だな』
胸がドキドキした。
いつにない高揚感だった。
『敬は本当は求められていない。邪魔者である。』
その時の気持ちを、なんと表現すれば良いだろう。
仄暗い興奮が俺を包んだ。それは欠けた自尊心を満たしてくれる、あまりにも甘美な果実だった。
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