▶回想録◀真の独白

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布団に戻っても興奮して中々寝付けなかった。その冴えた頭で一晩中ずっと考えていたことがある。 それはこの真実を敬に伝えるかどうか、だ。 結論から言うと俺は機が熟すのを待つことにした。しばらくは自分の内に留めるのだ。敬はおろか、誰にも言わない。 俺は考えた。まずあの話しぶりから察するに異形の秘密は、業界の大人が全員知っているという訳ではなさそうだ。おおかた各々一族の代表者辺りまでだろうか。  もし俺が敬に話した場合、敬は真相を確かめたい一心で父親に確認するだろう。 『___異形って元は人間なの?禁忌を犯している?祓い屋は本当はもう必要ないってほんと?』 そして大騒ぎになる。どこから知ったのだと。もちろんそれは避けたい。しかし正直なところ、俺が沈黙を選んだ本当の理由は、業界の秩序のためなんかではない。これは完全なる後付けだ。 俺は個人的な欲を満たしたくて沈黙を選んだのだ。 真実を知っているのは自分だけ。その事に優越感を感じた。何もかも秀でている敬の唯一知らないこと。それは『自分は嫌われ者』だという真実。 今まで嫌われ者は俺の方だとばかり思っていたのに!天から光が差し込んできた気分だ。 本当に性格の悪いことだが俺はこの事実によって、生きていくのが楽になった。 敬が好まれていないという事実は俺の心を軽くさせた。周囲の人間から『変わったね』と言われるほどだった。 つまるところ劣等感が一つ取り除かれたことで俺は以前より明るい性格になったらしい。 先の話が正しければそれは遺体への冒涜だとか、犠牲になってる人がいる等ということはどうでも良かった。子供というのは純粋無垢であるがゆえ、時に何よりも人間というものを正しく写す。残酷で、醜い人間本来の姿。 ねじ曲がっているという自覚を持ちながら、心の靄を抱えたまま数年。 悩めば悩むほど、外側の俺は騒がしくなった。 人見知りでおどおどした、あの恥ずかしがり屋な子供はもういない。 優等生になった敬の傍らで俺はお調子者の座を勝ち取った。昔と比べて俺の回りには人が集まるようになった。最もそれは、必ずしも敬のように人望があって集まった人達ではないのかもしれないが。 ある時から俺は学校外のあまり治安の良くない人ともつるむようになった。 心にポッカリと空いた穴は、右も左も分からない小さな頃に植え付けられた劣等感は簡単には治らないらしい。 夜に抜け出すことを疑う者は誰もいない。元から祓い屋として夜に仕事をしていたのだから。 社会のレールを踏み外したような奴等といるのは気が楽で心底楽しかった。でも時々生きてる意味が分からなくなるような虚構感を感じた。 その日も薄っぺらい虚無感と漠然とした生きたくなさに堪えきれずに町に出ていた。 外に出たはいいものの、彼らと会う気にすらならなかった。無性に一人になりたかった。 それでフラりと入った人気のない通り、俺はある異形に出会った。 懐には短刀があった。もちろん霊刀と同じ素材で作られたものだ。積極的に仕事をするわけではないが、見つけたら仕方ないから討伐する。 確かに業界の者に変えられただけで本来は罪のない人間かもしれない。だが実際問題、彼らは人を喰らうのだ。 祓わなければいけない。 祓わなければいけない。 つまり殺さなければいけない。 つまり短刀を動かして異形に突き刺し、内蔵が抉れるあの苦手な感覚を味わなければいけない。 握る手が震えた。 ああ、いつもこうだ。 ふと相手を見る。 異形は覇気がなかった。 見た目は男で、どちらかと言えばみすぼらしい格好。猫目が特徴的だった。 俺が心配するのもお門違いかもしれないがあまりにも覇気がない。まじまじと観察しても何の反応も寄越さない位だ。 俺は心配半分、好奇心半分で会話を試みた。 「あんた、異形だろ?こんなところに立ちすくんでなにやってんの?」
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