5人が本棚に入れています
本棚に追加
つっけんどんに話しかけてきた俺に、猫目の異形は僅かに目を見開いた。
「そうかぁ異形って分かるんや。兄ちゃん凄いな」
異形と指摘されて、怒ることも慌てることもせずに気の抜けた誉め言葉を返す。なんだか肩の力が抜けた。
「なぁなぁ、異形の事を知ってるなら教えてもらいたいねんけど」
異形は軽い調子で尋ねてくる。
「なんだよ」
「この辺りから動けないんや。解決方法とか知ってたりせん?」
さっき見てもらった通りにな、と異形は続ける。
俺は肩を竦める。そうだろう。
強い異形は縦横無尽に現世を歩き回れる。一方弱い異形は思い入れの強い一部分に留まることしかできないのだ。
「人間を食べればいい」
俺は平淡な口調でそう告げる。
その言葉をなんとなく予想していたのか、異形は悲しそうに眉尻を下げた。
「食べた」
「そうかよ」
「怒らんの?」
「別に、それしかないなら仕方ないだろ」
相手は知る由もないだろうが本当は怒る権利なんて、これっぽっちもない。だって我々が元凶なのだ。こちらが責められるべき、もっと言えば殺されても仕方ないレベルの悪事。
しかしそんなことを言う勇気もない俺は、続きを待つような異形の様子に投げやりなって言葉を足す。
「だからそれしか食べられないんだったら、仕方ないだろ。人間は牛や豚に責められないのに、なんであんたらだけ責められないといけないんだ」
ただただ思ったことを口にしただけだが、異形は静かになって下を向く。
何かと思えばポロポロと泣き出した。
異形はダムが決壊したように喋り出す。
「······その時はなぁ、俺なんだか記憶が混濁してて、途中まで普通に食事をしてると思ってたんや。すごく美味しかった。目を瞑ればステーキを食べてると勘違いする位。特に頭の部分の汁が一等旨くて、生きてたときにこんな旨いもの食ったことないなって感動してたら、不意に不思議に感じたんやよ。
生きてる時?今は?ってね。眼を開いたら俺は血の海の中、地面に散らばった散腐死体にむしゃぶりついてた」
「そうかよ」
「自分自身に心底怖気がして、自分が怖い。助けてほしい。この世で一番醜い生き物な気がしたわ。
死にたいのにもう死んでるんよな、この悪夢はどうやったら終わるやろう」
俺は心の中で毒づいた。ただの亡くなるはずだったコイツを、異形に変えた業界の誰かに。
(呪いをかけるんなら責任持ってきちんとかけろ。途中で覚めることのないように)
こんな精神だけ呪いが解けるようなもの、あまりにも残酷じゃないか。
「少し経って冷静になった時、これは天罰かなって思ったわ。俺は人を殴って逃走中に死んだし、直前にも裏切られたような気分になる出来事があって死ぬ間際は随分荒んだ気持ちだった記憶があるんよ」
「裏切られたような気分?」
「いや、今考えてみれば恥ずかしい。思い上がって勝手に失恋しただけなんや。千恵さんとは身分が違い過ぎた。貿易商の父親と家に溢れる芸術品······そういう話を聞いてなお、なんで釣り合うなんて思ったんやろな。
でも······最初から人を恨みたかった訳じゃないのにな、なんでこうなってしもうたんやろ」
猫目の異形はポツリポツリと言葉を零した。
「出来れば幸せになりたかったし、人の幸せを願える人間になりたかった」
「生きづらくって生きづらくって、」
そこでいよいよ嗚咽が混じり彼の言葉が途切れた。
最初のコメントを投稿しよう!