▶回想録◀真の独白

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 そんな様子を見て、隣で俺は頭がやけに冷えていくのを感じた。 (俺達が、この業界が祓っているモノは何なんだろう)  敵なんて、どこにもいないのに。俺達は何をやっているのだろう。何人の不幸を土台に今のこの業界は繁栄しているのだろう。それは真実を知ってから何度も考えてきたことだった。  異形はポロポロと流れる涙を拭きながら、再び喋り始める。 「……最悪だよなぁ。身分は最下層だし、頭も良くなければ顔も良くない。なのに性格まで悪くなって人を妬むようになったんだ。やっぱりこれは当然の天罰や」 「……別にあんた、性格が悪い訳じゃないと思うけどね」  俺はそっぽを向いてぶっきらぼうに続ける。異形の人間味のある言葉は、今の俺に当てはまる部分もあって直視するには少し苦しかった。俺も敬より才能はないし、頭も顔も良くない。その上、歪んだ劣等感を抱えた性格はどう頑張っても良いとは言えない。人間味、その言葉でふと思い出す。 『異形に心はない。ただ残忍な方法で人間を食らう化物で討伐しなければならない』  敬が昔言っていた言葉を反芻する。純粋に頷いていた幼い時代も存在した。それは知らなかったからだ。今目の前で同じ言葉を吐かれたら?俺はきっと取り繕うことが、同意することが出来ない。 「だって本当に性格の悪い奴なら今こうやって後悔してない。あんたは誰よりも優しい人間だ、なあそうだろ?」  気付けば異形に向かって、願うようなトーンで言っていた。異形は複雑そうな表情を浮かべる。 「ありがとう……なぁ兄ちゃん、俺のこと殺してくれない?」 「……死にたいのか?」  異形は、いや男は諦めたように笑う。 「嗚呼、死にたい。……ここで何回冬を越したのか曖昧になってきてるんや。人通りが少ないから情報も世の中の事も手に入りずらんくて、ずっと空腹で、頭がおかしくなりそうや。……もう亡くなってるのに死にたいなんて変な話やなぁ」  男の死にたいという気持ちが、なぜだか良く分かった。疲れていたのだと思う。正義を純粋に信じ続ける敬と、正しさという分厚い面を被って、その下で私利私欲に塗れ穢れているこの業界。その違いすぎる二つの世界を間近で見続けることに。  全部全部、壊したかった。正義を純粋に信じる敬の横っ面を引っ叩きたかった。この腐った業界を壊したかった。でもそれだけじゃない。嫌いだと軽蔑しながらなにすることなく宙ぶらりんで揺れてる自分自身も、壊したいものの中に入っていた。  つまるところ、疲れていて壊したかった。だからこんな思い付きを、胸に留めることが出来ずに提案してしまったんだと思う。 「なあ、あんた」  猫目の男を真っ直ぐ見つめて言う。 「死なせてやるから、俺のやりたいことを手伝ってくれないか?」  彼はその言葉に初めて嬉しそうに笑った。死なせてやる、なんて言葉に。それからこう続ける。 「これから一緒に何かするんならさ、異形でもあんたでもなくて庸助って呼んでくれよ! 俺の名前! 東雲庸助さ!」
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