▶回想録◀真の独白

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それからのことは言うまでもない。 真の家は思っていたよりも簡単に崩れた。 弟を奇襲した直後、それでも尚何も知らないような様子でいる敬に一度だけブチギレたことがあった。 あれは確か、からくりじいさんの元へ行く冷えた地下通路だった。 いつまでそんな調子なんだよ。 いい加減気付けよ。 そして痛い目を見ろ、苦しめ。 俺は何度もそう願っていた。 秘密を知ったあの日から十年近く、何百回繰り返したか分からない。絶望する敬の顔を想像しては心を満たしていた。 仄暗い、愉悦。それを俺は感じれるはずだった。そのはずだ。そのはずなのに。  何故かその顔を見ても喜べなかった。 叫ぶだけ叫んだ後、それ以上彼の顔を見ていられなくて扉を殴るようにからくりじいさんの工房に入る。俺を見て、カラクリじいさんは愉快そうに両手を広げる。 「随分元気に言い合ってたみたいだねー!ここ一応防音で作ってるのに全部聞こえたよ。良いね、若者はうるさすぎる位がちょうど良いもの!」 元気じゃない。気分は最悪だ。 (元気なのはあんただけだろ。) そう突っ込みたかったが口をつぐむ。 こいつは火に油を注ぐのが大好きな人物なのだ。 「ずっとずっと敬くんの見えている景色に付き合ってあげてたのに、とうとう裏切っちゃったんだね。敬くん可哀想ー!」 違う。裏切ったのはお前の方だろ。 騙していたのはお前らの方だろ。 本当は分かってる。敬を恨むのはお門違いなこと。 カラクリじいさんはふと、それまでとは打って変わった静かな声で呟いた。 「……若者は元気すぎる位がちょうど良いよ。その力で、何かを壊してほしいな」 沈痛な響きだった。いつもとはかけ離れたその雰囲気に飲まれて、俺は口を閉ざす。この業界を壊したい。それは俺だって思っている。 証拠があるわけではないが、何となく予想はついていた。それはカラクリじいさんもまた、被害者なのだということ。 関係者の口は固く閉ざされていなければならない。 からくりじいさんはきっと異形で、ここから動けない。動けない人間に、外へ出て暴露することなんか出来ない。 「悪かった」 普段のからくりじいさんなら適当でおちゃらけた返事を返すだろう。それでも言わずにはいられなくてポツリと呟いた。おちゃらけた返事は返ってこなかった。 「いいよ、別に。今の若い世代に罪はないから。……でもいつか返ってくる罰は被るかもしれないけどね」 ○○○ 俺が怒りをぶつけたことによって敬とは縁が切れるものかと思ったが、それは違った。 何食わぬ顔で敬はそれからの日々を送り続けた。 教室で、仕事で、顔を会わせては他愛ない会話した。 まるで何も問題など起きてはいないかのように。 その精神力は見上げたものだった。 ただ昔のように、少なくとも表面上は気兼ねない友人だった頃のように二人で遠出することはなくなったが。 強いて言うなら学校で少しぼんやりすることや、うっかりミスが増えたという位だった。 そんなぼんやりとした敬のまま一年、二年と時間は流れていった。 変化というのは突然訪れるものだ。
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