またあの時間を

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(私の前世を探し、当時の友人をつれてきてほしい)  その要求がこの国を震撼させた。  ◇ ◇ ◇ ◇  時間跳躍(タイムリープ)ができるのは、残り一回。  僕は三回の時間跳躍を経て、今ここにいる。  恐竜だって見たし、武士と人助けもした。  それらは概ね満足だった。それと引き換え、今いるこの時代はやや期待外れだ。  スマートフォンという、板のような携帯端末機でゲームをしたけれど、グラフィックやキャラクタのデザインが奇妙で、どうにも合わなかった。  おまけに、短波長光を近距離で直視しなければならないし、端末を手で持たなきゃいけないしで、目も手も疲れる。何より——これはゲームに限った話ではないけれど——この時代のUI(ユーザインタフェース)はまだ不十分で不親切だ。  街も道具も、とにかく文字が多すぎる。この時代に訪れた時、僕は文字の海で窒息する錯覚に陥った。  中途半端な便利さが、僕にはかえって弊害となっているのだ。 「はぁ……」  文字酔いに少しでも慣れようと、舗道へと視線をやった。  そこには道の利用者への指示が、白い塗料で大きく表記されている。書かれているのは〈止まれ〉という何とも乱暴な語彙。奇しくも僕の名前のトマリと似ているのが可笑しい。 「ていうか、遅いな」  スマホの時刻を確認すると、予定時刻より五分過ぎていた。時間跳躍者が遅刻を気にするのはどこか皮肉じみている。 「おーい!」  自嘲していると女の子の声が住宅街に響いた。少女がポニーテールを激しく揺らしながらバタバタと並木道を駆け抜ける。 「ごめん。ちょっと、寝坊しちゃって」  到着早々、息も絶え絶えに謝罪してきたのは、同い年の千歩(ちほ)。彼女はこの時代の住人だ。  大きな黒縁メガネを正した千歩が、ふぅと息を整えた。 「よし、もう大丈夫」  千歩が歩き出し、遅れて僕も歩き出す。  この時代に降り立って早一ヶ月。僕は中学校という学習施設に通わされている。 「ねぇねぇ。昨日の続き、聞かせてよ」  千歩が目を輝かせて口火を切った。 「えぇ……」  物語を妄想するのが趣味——千歩からはそう思われている。  揶揄うつもりで、僕のいた時代のことを千歩に話したのがまずかったのだ。読書が趣味の彼女の琴線に触れてしまったことに加えて、不運にも住居が近いものだから、こうして登校中にまで話をせがまれる。 「どこまで話したっけ?」  溜め息混じりに尋ねた僕に「時間遡行者の生活の保証について!」と千歩が即答した。 「そーだったね」 「過去に行く物語は多いけど、よく考えると生活大変だよね? 戸籍とかお金とか色々とさ。トマリくんはそこどう解決するの?」 「どうって」  僕が解決してるわけじゃないんだけど。そう思いながら、知っていることを説明する。 「時間跳躍装置(クラウン)の完成以前から、世界では未来人を迎える準備を整えていたんだよ」 「えーっ、何で!?」  千歩が目を大きく広げた。相手をするのは面倒だけれど、表情がころころ変わるところは気に入っている。 「例えば、遥か未来で凶悪犯罪が起こったとする」  あくまでも例えばの話ねと、僕は必要以上に念押しした。 「もしタイムマシンがあれば、当然過去に行く」 「あ〜! 何で?」  納得しかけた千歩がすぐに首を傾げた。 「過去に行けば、対策が練れる。警告もできる。未然に防ぐことも」 「なるほど」  千歩は得心したのか拳を手に乗せた。この仕草をするのは僕の時代では老人くらいだ。 「助言してくれる未来人を想定してるってことね!」 「そういうこと」 「宇宙人と交信しようとしたり、宇宙人に関する法律を作ったりと同じか!」 「それはよく分からない」  昔はそんなこともしていたのか。それらの準備は、少なくとも僕の時代までは活かされることはない。 「ともかく、その想定のお蔭で、ぼ——時間遡行者は戸籍も肩書きも簡単に手に入るってわけ。まあ、戸籍がない時代なら誤魔化せるだろうけどね」  この時代には既に専門機関が設立されている。千歩が宇宙人を引き合いに出したように、時間遡行者という概念が眉唾物として扱われているせいか、かなり懐疑的な視線を向けられたけれど、審査は容易にパスできた。 「おはよー、千歩」  教室に入ると、千歩の友人が彼女を出迎えた。僕は逃げるようにその横を抜ける。 「なになに、また一緒に登校? やっぱアンタら付き合ってるでしょ?」 「そんなんじゃないってー」  昔の人は会話が多いよな。過去の文化を感慨深く思いながら、僕は指定された席についた。  学校という場は、新鮮さがある反面、退屈でもある。  例えば学習様式だ。  同じ年齢の人間が集められ、紙と文字の情報媒体を読み、共通のカリキュラムで同じ時間に一斉に学ぶ。僕の常識から大きく異なる光景だ。会話という文化も、その有形集団社会に根付いているのかもしれない。  一方で、カリキュラムの進行が遅いのが難点だ。  僕らの時代では、好きな分野を好きな時に学習できる。その学習というのも、教科書を読むのではなく、圧縮コードを視認するだけで完了するのだ。  二秒で終わることを数時間かける前時代の学習法は、だから僕にとっては退屈でならないのだ。  ——元の時代に帰るか?  そんなことを考えてしまう。  文字酔いと退屈に耐えながら、数ヶ月、あるいは数年も留まることなどできるだろうか。想像するだけで憂鬱になる。  ここよりもう少し未来なら住みやすいだろうかと思う。  ——でも……。  それではここへ来た意味がない。人探しのために時間遡行をしているのだ。  時間遡行の仕事は報酬が高い分、困難を極める。  捜索対象について判明しているのは性別と国籍、そして生存している大凡の年代のみだ。  時間遡労者(ジャンパー)は任務を終えても厳密には元の世界には帰れない。まさにハイリスクな仕事だ。  その反動というべきか。存在の有無すら怪しい人物を探すのだから、多少の怠慢は仕方がない——そんな気の緩みからつい魔が差してしまった。  ——遊びすぎた。  恐竜もサムライも諦めれば良かったと後悔してももう遅い。  始めは旅行気分だった時間遡行も、限りが迫れば焦燥感が頭をもたげる。  授業中はすることがない。学校での時間は、だから葛藤と後悔に苛まれている。 「トマリくん、一緒に帰ろ?」  一日の授業が終わり、千歩が肩を叩いた。 「あれ? えっと、ブカツは?」  例によって下校中も未来のことを訊かれるのだ。僕は半ば突き放すつもりで尋ねた。 「今日は月曜だからないの」  千歩は剣道部だ。聞く限りでは、剣道は僕の時代とそう変わらない。 「あ、そう」  急かすように千歩が僕のバッグを差し出した。  たまには他の友人と帰れば。そう言おうとしたけれどやめた。  強く拒むほどの理由はないし、何より、散歩をねだる忠犬のような顔をされては、断るのは気が引ける。  僕はバッグを受け取り、二人で教室を出た。 「トマリくんは部活入らないの?」  尋きながら千歩が下駄箱を開ける。 「どうだろう」  僕は曖昧に応えて靴を履いた。 「剣道やりなよ! 似合うと思うよ」 「どこが? 何で」  剣道が似合う人物像が分からないし、それが僕に該当するとは到底思えない。 「何でって、それは……」  千歩は視線をロッカーの名札に逃して、目を細めた。 「トマリくんは……さ」  黒目がちな目が僕の姿を捉えた。照れ臭そうに眉尻を下げた千歩の顔が紅潮していく。  その表情の意味するところは、鈍感な僕でも容易に想像がつく。 「う、うん」 「……前世って信じる?」 「へ?」  想定外の質問に、つい間抜けな声が漏れた。 「何……? 前世……?」  狼狽する僕に、千歩が「そう。前世」と、にこかに返した。  背筋が凍ったような戦慄が走った。 「ん? どうしたの?」 「いや、はは、は」  笑って動揺を誤魔化そうとしたけれど、肺を締め付ける冷たい茨がそれを許さない。  ——まさか。  思いもしなかった。千歩の口からそんな悍ましい単語が出るなんて。 「ちょっと分からない、かな」 「まぁそうだよね。急に前世とか。意味分かんないよね?」  千歩は残念そうな表情をして、昇降口を先に抜けた。僕は暖かな風を切って彼女を追った。 「一応訊くけど、前世って生まれる前の……?」  曖昧に尋ねた。僕自身、前世なる単語の意味を深く知らないのだ。  ここから遥か未来。永らく死語となっていたその単語は、ある日突然、独善的な悪意によって甦った。僕が前世に抱くイメージは、だから邪悪そのものだ。 「そうだよ。私が生まれる前の私。私じゃない誰か。私にはその記憶があるの」  どこから舞い込んできたのか、白い蝶が僕らの間に割って入った。踊るように漂う小さな蝶を、千歩は足を止めてしばらく眺めた。 「そんなの、忘れなよ」  恐る恐る言った。  まさか千歩があの人であるはずがない。けれども心の奥底で警鐘が鳴り続けている。 「忘れないよ」  あっけらかんとして答える千歩。  蝶が風に乗って去っていった。千歩は手を振って見送ると、再び歩き始めた。 「何で」 「紛れもなく、私の大切な時間。大切な想いだから」  千歩のまっさらな笑顔が、黄色い木漏れ日を浴びた。 「私ね、今とっても楽しいんだー」  脈絡のない呑気な感想に、僕は眉を歪ませた。 「トマリくんとたくさんお話して、一緒に帰って、一緒に登校して」  そんなに楽しいだろうかと疑うのは自虐的だろうか。 「だから思うの。私が死んで、この記憶が別の人にも伝わってたら……。きっとその人も、この記憶を忘れたくないだろうなって」  ——ああ……。  やっぱりこの人なのだと、千歩の言葉で僕は確信した。  同時に、それを覆す材料を脳内で探した。  ガラクタばかりだった。 「そうだね。きっとそれはずっと先の未来で、キミは——いや、キミでない誰かは、その想い出にとらわれるかもね」  千歩はきょとんとした顔をして、遅れて笑った。 「ハハッ。おっかしいっ。まるで見てきたような言い草だね」 「かもね」  僕の意味深長な物言いに違和感を覚えたのか、千歩がぴたりと笑いを止めた。 「嘘……だよね?」  いつになく真剣な面持ちが可笑しくて、今度は僕が笑う番だった。 「まさか。そんなわけないでしょ」  肯定しようか迷ったけれど、未来が大きく変わってしまう可能性がある。それでは僕が困る。 「もぉ、びっくりさせないでよー」 「信じる方がどうかしてるよ」  未来人なんてと、僕は自嘲した。 「それはそうだけど」  千歩が歩く速度を緩めた。 「もし本当なら、キミは帰っちゃうんだよね?」  僕はハッと息を呑んだ。  笑顔を装った哀しげな千歩の表情は、精巧なガラス細工のように、繊細さと危うさが共存していた。 「タイムスリップものは、そういう定めだもん」  僅かに震える声でそう言って、千歩が僕を追い越した。彼女の後頭部でポニーテールが控えめなステップを踏む。  並木道に差し掛かっても千歩は未来の話をねだってこなかった。やがて小さな交差点で僕らは足を止めた。 「さよなら、千歩」  ここから道が違うのだ。僕はここを右へ曲がる。  一時停止の白線を踏んだ時、背後で千歩が「ねえ!」と声を上げた。 「トマリくんは、明日も学校来るよね?」  さっきの会話を相当気にしているらしい。 「もちろん。当たり前でしょ」  そう答えてやると、千歩が破顔した。 「また明日!」千歩が大きく手を振り、僕を見送る。 「うん」  僕は小さく手をあげて応えた。  ◇ ◇ ◇ ◇   (間違いないのか?)  モニタの向こうで剃髪の壮年がしつこく訊ねる。 (本当にあの津月(つづき)トワだったのか?) 「はい。間違いありません」  僕は事務的に答えた。  黒服の男たちがそれぞれのモニタの中で、安堵と落胆が混在した溜め息をついた。 (あの女の発言の信憑性は出たわけか) (問題は、要求の人物が誰なのかだ) (前世の存在は公にはできない)  大人たちが険しい面持ちで会議を始めた。こうなってしまうと、未成年の意見など聞いてもらえない。 「報告は終わりました。これで失礼します」  僕は視界に浮かぶモニタを手で払い、許可もなく接続を切った。 「はぁ」  視界の下部で、避難を促すアイコンが点滅している。Visk(ヴィスク)は便利だけれど、警報や避難指示の類を非表示にできないのが難点だ。  二本の指で宙を二回掻く操作をして、クラウンのタブを引いた。  クラウンの残り使用回数はゼロ。更新の許可が降りない限り、僕は時間跳躍ができない。  Viskが映像と圧縮コードを表示した。  上空からの映像だ。半壊した都市の風景から、中央タワーへとズームする。タワーの上階は破壊されていて、内部構造が露出している。  動画が終わり、女性の顔画像が映し出される。  あどけなさを残した精悍な顔立ちのその女は、中央タワーで立て籠っている大規模テロルの首謀者。津月トワだ。 「行かなきゃ」  僕は覚悟を決め、無彩色の部屋を飛び出した。  ガレージのセミバイクに跨り、ペダルを手前へ引く。駆動音とともに緩やかに発進した。  街に人の姿はない。  中央タワーはここからそう遠くない。避難するべきかを迷う余裕などないのだ。  砂埃の匂いで咳き込んだ。気が付けば街の中に瓦礫が平然と転がる冷たい景色へと変わっていた。セミバイクの速度は自動車ほどではないけれど、足で走るよりは断然速い。  自宅から二駅離れている中央タワーはもう間も無く。その時、大気を震わせるローター音の接近に気が付いた。  見上げると、紡錘形の影が青空に浮いていた。 「チッ」  ——報道用のリベルか。  上空映像はあの機体で撮影されたものだろう。  僕は速度を上げ、建物の陰の道から中央タワーに侵入した。  役目を終えた愛車をエントランスに文字通り乗り捨てる。  一歩踏みだすたびに、砂礫の擦れる音が響く。白い大理石の内装は、照明が機能していなければ輝きは半減だ。  硝子の破片を踏み、瓦礫を跨ぎ、電線を避けながら、展望台を目指す。昇降機を使えば十秒足らずだけれど、動くものを探す方が手間だった。  行政施設、百貨店、ホテルフロアを素通りして、ようやく展望フロアに到達した。無感情に僕を歓迎したのは、生々しい破壊の痕だった。  観光客や近隣住民の憩いの場であった展望フロアは薄暗く、普段の活気は見る影もない。   室内の物体は逆光で全て黒い塊に見える。  ミサイルでも撃ち込まれたのか。フロアの外周の一部が大きく口を開け、青空と街の眺望を誇示している。窓枠も手すりも、壁すらも消失したそのエリアは、皮肉にも普段より見晴らしが良い。  強風が吹き込み、倒れている観葉植物がバサバサと不気味な音を立てた。  その傍の円形ソファに、女のシルエット。僕は躊躇いを押し切って進み出た。  徐々にシルエットが顔を得る。切れ長の目に優しい光が灯った。 「トワさん、僕だよ。トマリ。忘れてる……かもしれないけど」  トワがゆっくりと首を左右に振った。 「覚えてる」  トワの目から光の粒が溢れ落ちた。 「やっと、会えた」  トワの相貌は千歩とは似ても似つかない。歳も僕より十は上だ。けれども彼女の微笑みに千歩の面影を感じた。 「キミが、トマリくん」  初対面であってそうではない。不思議な感覚だった。 「テロルを起こしたのは、僕を探すため?」 「正確には、キミと会うため」  トワがハスキーな声で訂正した。 「現代の常識で考えれば、前世のトマリが時間遡行者なのは明白だから」  僕は歯噛みした。 「そうか……。声明で前世の年代を推測させて、僕ら時間遡労者を誘導したのか。そうして前世との辻褄をあわせた」 「そういうこと」  つまり、テロルは目的の時代に時間遡行者が来るためのきっかけ作りだったのだ。 「僕を探したかったのなら、こんな破滅的な方法でなくても……」  街を爆破し、人を傷つけ、国中を震撼させた。その動機は人探し。あまりにも身勝手な理由だ。到底許される行為ではない。 「あなたにとって、その記憶はそんなに大きなもの?」  前世という不確かなもののために凶行に及ぶ心理が理解できなかった。 「もちろん」  トワはきっぱりと答えた。 「私にとっては憧れであり、光であり、生きる糧でもある」  でも私には眩しすぎた——トワは懐古の視線を窓の外へ向けた。 「輝く過去を共有できないというのは、なかなか辛いものだよ」  諭すようにトワが微笑んだ。  いかにも諦観した大人の主張で、僕は改めてトワを年上だと認識した。 「テロルなんて起こせるなら、クラウンの不正利用くらい簡単だろうに」  当然それも犯罪だけれど、人と会うために時間遡行する程度なら被害は少ない。 「それじゃダメだよ」トワが否定した。 「過去に行けば、その時点で運命は舵を切る。元の時間に戻っても、それは進路変更された世界。どれだけ舵が切られたかも判らない。元の世界には二度と帰れない」 「それは……」  時間遡労者が必ず直面する問題だ。 「私の記憶と歴史との間に齟齬が生じる。それでは意味がない」 「意味?」  思えば、前世の友人探しが最終目的であるはずがない。 「トワ。何のためにこんなことを?」 「私は」  そう言ってトワは、床の植物に視線を逃して目を細めた。 「私はね、トマリくん」  赤褐色の虹彩が僕を捉えた。トワの固い表情が和らいだ気がした。 「ずっとキミのこと——」  爆発音がトワの声を掻き消した。  振り向くととそこには黒色の武装集団。抱えられた無骨な黒い塊が一斉に起き上がる。そのうちの一つ。先端の小さな暗闇が真円を描いた。  死を直感し、僕は鋭く息を呑んだ。  激しい閃光。銃声が鼓膜を劈いた。  足元に伸びる影の一つが背を縮めた。トワの影だった。 「トワ!」  膝をつくトワに駆け寄る。彼女の左胸は血で赤黒くなっていた。 (瀬綱(せつな)トマリだな。離れなさい)  擬士(ポゼシオロイド)の一騎が命令した。 「トマリくん。危険だから、離れて欲しい」  トワが血だらけの手で僕を力なく押した。僕は聞き入れることがでかなかった。 「でも」 「大丈夫」  危なげに立ち上ったトワが擬士を睨んだ。 「私を殺すつもり?」 (貴様には射殺命令が出ている)  スピーカーの声が冷たく言った。  トワは不気味に口角を上げた。 「私——津月トワを殺しても無意味だよ」 (何?) 「私が死んでも、やがて次の私が生まれる」 (あればの話だ。どちらにせよ我々の任務は変わらない )  銃口が改めてトワに狙いをつけた。 「やめ——」  前に飛び出そうとしたけれど、別の擬士に引き剥がされてしまった。  振り解こうにも子供の力では土台無理だ。 「おい! その人を殺すな!」  必死な叫びは無機質な機械の向こうには届かない。抵抗する音が半壊の室内に虚しく反響する。 「トマリくん」  羽交い締めにされる僕にトワが微笑した。 「また明日」 「やめろぉぉおお!!」  手を伸ばすも、擬士が体で阻んだ。  黒いボディの背後で銃声が鳴る。  何かが倒れる音を最後に、僕は展望フロアから放り出された。  ◇ ◇ ◇ ◇ 「今日も空振りか」  僕は自然公園の片隅のベンチに腰掛けた。  自分の皺だらけの手を見て、溜め息が漏れる。  最近は歩くことも覚束ない。文明が発達しても、生身の体には限界があるらしい。  前世。例の事件以降、その単語はめっきり聞かなくなった。 「ましてや来世なんて」  自虐的に独語した。  もし今、彼女が現れても、僕とは判らないだろう。  潮時か。無謀な人探しも、そろそろ諦めようかと思う。  不意に、白い蝶が手の甲にとまった。枝とでも勘違いしたのだろう。 「あの、隣良いですか?」  顔を上げると、若い女性が立っていた。 「ええ。良いですよ」 「ありがとうございます」  彼女は丁寧に頭を下げ、隣に腰を下ろした。 「良い天気ですね」  名も知らぬ女性が青空を見て言った。蝶が空へ飛び立った。 「そうですね」  僕は蝶を目で追いながら、つまらない相槌を打った。 「ところで」彼女が黒目がちな目を向けて微笑んだ。 「前世って、信じます?」  これが僕らの四度目(、、、)の出会いだった。          〈了〉
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