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「ほら肉持ってきてやったぞー」
「は?いらないんだけど」
「おいそんなこと言うなよ、本当は俺が食べる予定だった肉だし有り難くちゃんと食え」
「...冷めてるじゃん」
「大丈夫大丈夫、ばあちゃん奮発してめっちゃいい肉だから冷めてたって美味いよ」
帰宅後しばらく時間が経てば、宣言通り千里は謎の茶碗片手に三毛門の部屋の窓へと飛び移ってきた。
千里とは家も隣で、小五の時に千里が引っ越してきてからこうして窓を行き来するという野蛮な方法で互いの家を訪れている。
差し出された茶碗の中にはすき焼きの肉が2枚あって、食べ終えたカップ麺から割り箸だけを引き抜いて口をつける。
「どう?美味いっしょ」
「...うん」
「はは、そっか。よかったよかった」
「...」
三毛門が素直に頷けば千里は満足げに笑みを浮かべて、すぐにその手が自分の方へと伸びてくる。
三毛門はそれを拒否することもなく、ぽんぽんと撫でるその手を素直に受け入れた。
「あ、そうだ」
「なに?」
「聞いてよ、今日の体育の時なんだけど」
至高の時間を堪能していれば、千里のそんな言葉で突如として終止符が打たれる。
体育といえば三毛門と千里は別の選択科目を取っているため、その話は自分に関係ないものであることは明白だ。
そしてこの話だしは、三毛門が望むものでないことも。
「池井くんさ、最後の10秒でバスケ部のガードなんなくかわしてシュート決めたんだよね。やっぱすげぇわ、超かっこよかった」
「...あっそ」
「なんだよその反応。つれないなぁ...でもミケもあの場にいたら絶対おおってなったよあれは」
「ならないし」
ここ1年足らずでよく話題に上がるようになった「池井」の名前。
前まではずっと千里は自分のものだと思っていただけに、予期せぬ第三者の登場は邪魔以外の何者でもない。
「...俺もサッカーでシュート決めた」
「え、まじ?ミケ昔からサッカー上手いもんなぁ。またミケの株上がっちゃったか」
「うん、爆上がり。池井の比じゃないくらい」
「はは、そんなにかよ。俺もそれ見ときたかったわ」
「じゃあ今度そっちのサボって俺のサッカー見にきてよ」
「いやいや、だめでしょ。真面目な生徒は自分の選択したスポーツをやるもんなの」
つれないのはどっちだよ。
千里の真っ当な回答にどこか不満を抱きつつも目を逸らせば、千里は笑みを浮かべたままその目元を優しげに細めた。
「つか、俺はいつもミケの一番近くにいるから。ミケがかっこよくて可愛くて最強なの俺が一番よく知ってる。」
「....、っ...」
「....あ、いやごめん。つい褒めすぎた」
「...別に」
すらすらと思いのままに紡がれた言葉にどきりとしてしまい固まっていれば、そんな三毛門を見た千里は少し気まずそうに頬をかく。
「別に」なんていう素っ気ない言葉で誤魔化しているが、それでもばくばくと心臓はうるさく跳ねる。
「...千里、俺のこと好きすぎでしょ」
「え?...はは、たしかに。ほら俺、猫好きだから」
「猫じゃなくて俺でしょ」
「ああはいはい、俺はミケのことが好きです」
「うん」
ほぼほぼ言わせたに近い言葉に三毛門は満足げに頷いて、この関係性をこの先もずっと続けていきたいと心の中で願った。
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