へ ん が お

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 お母さんはお出かけして、帰って来なかった。おじいちゃんもおばあちゃんも、説明してくれない。ただ、遠くの街に行ったとだけ。  どうして? 私を置いて行ったの? 私が邪魔になったの?  不安が渦巻く。鏡に向かってへん顔したけれど、ちっとも笑えなかった。         ***  5年が経ったある日。ポストにおばあちゃんあての手紙があった。差出人の住所と名前はなかったけれど、その字に見覚えがあった。お母さん!  私は、その消印を記憶した。  インターネットは便利な道具。投函された場所を突き止めた。  電車を2回乗り継いで、2時間ほどかかる街。たぶん、お母さんはそこにいる。          ***  それからの私は、お小遣いを貯めてはその街にこっそりと出かけた。着いたら、ただ街をうろつくだけ。大きな街だから、お母さんに会える確率は低いとわかってはいたけれど、でもそうせずにはいられなかった。  そんなことを繰り返して、7回目。見つけた! お母さん! 声を掛けようとしたけれど、知らない男の人と、私より少しだけ小さい(小学校低学年?)男の子が一緒だったから、遠くからその姿を見つめるのが精いっぱいだった。しばらくの間、少し離れて後を付けていたけれど、そのとき男の人が『お母さまの言うことをちゃんと聞いているかい?』と質問したので、私の足は凍り付いて動けなくなった。  『お母さま』? 違う! その人は、私のお母さん。へん顔が得意でよく笑う、大好きな私のお母さんなの! そう叫びたかったけれど、もう一回、お母さんと呼びたいと切望したけれど、喉がからからで声が出せない。そのまま、遠ざかる3人を見送った。  その街へは、それから二度と行かなくなった。
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