0人が本棚に入れています
本棚に追加
それから毎日のように、私たちは、 “いくみさんの離れて暮らす娘”の話を繰り返した。何度も同じ話をするお母さんの言葉に、私は何度も驚いたり喜んだりして聞き入った。
私は、へん顔をして! と“娘さんのふり”をしてお願いをした。そして、もう一回、あと一回だけ! と、おねだりをした。そうすると、お母さんは、それはもう嬉しそうにリクエストに応え、最後に、もうこれでほんとにお終いよ、と言った。
幸せな時間。
***
だけどある日、様子が変わった。お母さんは、娘のことを忘れてしまった。
その話を聞いたのは、休み明けの引継ぎのとき。食事の支度をしながら“みやこちゃん”の話を持ち掛けたら、不思議そうな顔で、
『娘って、誰? 私、娘なんていないわ』
と言われたという。
「それから、お母さまは、どこ? ここは、どこ? いくみ、おうちに帰りたい、って泣き出してね。どうも、自分が子どもに戻ってしまったみたいね」
お母さんは、5歳の女の子のいるお母さんではなく、自分が小さな女の子になった。病状が進行したのか。不安な気持ちでそう考え、もう、娘が好きだというへん顔をしてくれない、そんなことも考えてた。
最初のコメントを投稿しよう!