変身

2/3
前へ
/3ページ
次へ
「新しい治療薬ができたんだ」  そう言ったその人のことを当時は知らなかった。知らない人だけど白衣を着ていたからきっとこの病院の人なのだろうと思った。名前は名乗っていたような気がするけれど、もう忘れてしまった。ずっとハカセと呼んでるから。 「まだ実験段階なんだけど協力してくれると嬉しい」  新しい治療薬と言っても飲み薬とかではなくて小さな機械だった。腕時計みたいな感じで、ずっと腕に巻いてその機械が発する特殊な振動を身体に与えることで治癒力が上がるとかどうとか、そんなことを言っていたと思う。私は生まれつきの病気でだんだん身体が動かなくなっていく状態だったから治癒力で変わるものなのかどうかよくわからないけれど、せっかくだから使ってみることにした。 「十段階あるけど、とりあえず一番弱いやつからやって、効果があるけど足りないなら強くしていく感じね。あとあんまり一気に上げちゃいけないし、長時間上げっぱなしなのはよくない」  そう説明しながら私の腕にそれを巻いてくれた。そうしてスイッチを入れてしばらくすると、私は自力で立ち上がることができるようになっていた。私が信じたのは多分そのときだったんだろう。だってそれまでの私は何かにつかまって歩くことはぎりぎりできるけれど、そのために立つにはひとの助けを借りなければいけなかった。けれどその一番弱いはずの効果ですらここまでの力を発揮した。うれしかった。筋肉の弱る速度が速くなってしまうから動いた方がいいとは言われていたけれど、そのために毎回ひとに手伝ってもらうのは嫌だったから。 「成功だね」  ハカセも嬉しそうだった。実験段階だと言っていたし成功例が出るのはそりゃ嬉しいだろう。  長時間というのはどのくらいかを聞いたら具体的にはまだわかってないけれど、少なくとも一番強いやつは一時間以内が十回まで、という答えだった。一番上のやつなんて一気に上げちゃいけない以上使わないかもしれないのにそこしかわからないらしい。その基準だって健常者なら三十回というところまで安全らしいけれど、私のような弱い身体にどうなるかわからないから安全策として十回ということらしい。  一番弱いやつならつけっぱなしでも問題は出ないはずだからこれからはひとに頼らずに生活ができる。この状態が一過性のものじゃなくて継続できるとわかってもっとうれしくなった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加