第1話 のたれ死にだけは勘弁してくれ

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 ようやく感覚が戻ってきた足をゆっくりと動かしながら、俺は船の落ちた方へと近づいて行った。  何か、残っていないだろうか。焼け残っていてくれれば御の字だ。  おそらくあの状態では、助かった者は無いだろう。近寄るとそれはひどいものだった。  機体の炎上は既に治まっていた。だが中には果たして人間が居たのだろうか?  脱出したのかもしれない。俺のように。  だが護送されていた俺には、どれだけの人間が居たのかも判らない。  果たして逃げ出したのか、それとも跡形も無く焼け死んだのか、そのあたりはさっぱり判らないのだ。  とにかく俺は、何か焼け残っているものが無いかと、まだ熱の残る機体の残骸に近づき、物色し始めた。  幾つかの耐熱コンテナは無事だったようだ。壊れてはいないが、落下のショックのせいか、あちこちが変形し、扉が簡単には開かない。  見回すと、やはり熱変形した銃が転がっていた。俺はその中から慎重に弾丸を抜くと、ただの鉄のかたまりとなったそれで耐熱庫に強く爪を立てた。  幾つかのコンテナを、無理矢理にこじあけて、中身を確かめると、さすがに俺はほっとした。  何も入っていないものもあったが、その半分は、確実に実の詰まったものだった。食料に衣類、それに武器。どうやらそれでも、護送する囚人の反乱を懸念していたと見える。  衣類の中からとにかく着られるものを見繕い、動ける程度に着込んだ。衣類を縛っていた紐で、いつの間にか長くなってしまった髪もくくった。  それまで隙あらば体温を奪おうとしていた冷気が、やっと俺の皮膚表面から去った。首の回り、足先、手先といった場所をきっちりと覆うと、ずいぶんと体温の拡散は防げるのだ。  そして中にあった赤いパッケージのハードブレッドと、暖める前のパックのスープを口に流し込むと、ようやく人心地ついたような気がした。  もう少し探せば、固形燃料の一つも見つかるだろう。  無ければ、そのあたりの紙屑を燃してもいい。暖をとる見込みはある。それにとりあえずこのコンテナは、外よりは寒さを防げそうだった。  そしてようやく、辺りを見回す余裕ができる。それまではただ寒いだけで、目に映るものを観察する余裕すらなかったのだ。  見渡すと、ひたすらそこは銀世界だった。何もそこにはなかった。  俺の故郷なら、雪が降っても、何かある。  常緑樹の濃い緑。葉はなくともその肌を寒気にさらしている広葉樹。地面にじっと手を広げて伏せ、時期を待つ草―――  木々や草だけじゃない。高い鉄塔、揺れる電線、遠くの街並み、向こうからやってくる車――― 何かしらが目に飛び込んできた。  だがここには何もなかった。  俺はそれに気付いた時、暖かい服で身体を覆ったはずなのに、背筋に一気に悪寒が走った。  ここには何もないのだ。  そう改めて思った時、俺は思わず走り出していた。  白い白い雪。何の手も加えられていないその美しい白い表面は、そこに足を踏み入れることを拒んでいるかのようだった。  見渡す。髪が揺れて、首にまとわりつく。俺は馬鹿みたいに首を振りながら、走っていた。  だが雪だ。簡単に走れる訳がない。深い場所にいきなりはまりこみ、バランスを崩す。そしてまた、頭からその場に倒れ込んだ。  と。  その時、目の端に何か赤いものが飛び込んできた。
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