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どうしたものだろう、と俺は思う。放っておいても別に構わないのだ。俺とは関わりの無い奴だ。
なのだが。
俺はふう、と息をつくと、カンテラを手にコンテナの中に入った。布の山に手を入れてみる。
どんなものと言えたものではないが、何かしら衣類はそこにはあった。多少の汚れやサイズなど構ったものではない。
まあだから、奴も最初俺を見た時に変な格好と言ったのだが。
「ほれ」
奴は弾かれたように声のする方を向くと、次に飛んできた衣類を顔で受け止めた。
「な」
「触られたくないのなら、ちゃんと着てろ。あいにく俺は、目の前で宇宙的天然記念物の歌姫が氷姫になるのは見たくないんだよ」
「……」
奴はそれを聞くと、じっと手の中の衣類を見つめた。
「変な服」
「着ないと凍えるぞ。お前それ以上上には着られないだろ。下に増やしとけ」
「下に」
急に奴の声音が弱くなる。
「どうした?」
ぎゅ、と歌姫はシャツやマフラーといったものを握りしめてはいたが、それをどうこうしようという動きは見られなかった。
強情な奴だ、と思いながら俺はカンテラを持って奴の前を通り過ぎようとした。
だがうつむく奴に光が当たった時、俺はふと目の端に、何かがかすめるのを感じた。
白い首筋は、どうしてそこまで開いている?
歌姫は、不意に顔を上げた。俺は足を止めていたらしい。奴は目を大きく広げて、胸元を慌てて合わせた。
もしや。
「おいお前」
俺はカンテラを足下に置くと、ぎゅっと寄り合わせている奴の手を力づくで広げた。胸元が開く。今まで見た、誰よりも白い肌が、まともに目に飛び込んできた。
そしてそこに散っているものも。
ばたばたと奴は両の手を広げて、自分の襟元を広げている俺の腕を声も無くはたきまくる。
ちょうどコンテナの壁にもたれていたこともあって、奴には逃げ場が無かった。何をするのか判らないままに、俺に対してできることといえば、そんなことだけだったらしい。
手を離す。そして再び歌姫は丸くなってしまった。俺は一度投げた衣類をその上にざっと掛け、奴から離れた。喉もとに手を当て、何かをこらえているように、見えた。
何をされたのか、予想はついた。
防寒服の下が、そのまま素肌である、というのはなかなか尋常な事態ではない。この類の服は、必ずちゃんと下に何かしら着込むものだ。
「船の連中か?」
奴は微かに首を縦に振る。
商品に手を出すな、と言われてる船員でも、このひどく珍しい綺麗な種には、どうやら我慢できなかったらしい。
「とにかく中に着込め。見られたくないなら俺は出てる。野郎を襲う趣味はない」
「野郎じゃないよ」
ぼそ、と歌姫は言った。
「嘘言うな」
「嘘じゃない」
「その声の、何処が女だって言うんだよ」
「女とも言ってない」
奴はふらりと立ち上がった。置いたままのカンテラの灯りが、ちょうどその全身を闇の中に浮かび上がらせる。そして防寒着のジッパーを一気に下ろした。
白い白い肌が、浮かび上がる。
そこには、何も無かった。上も、下も。
「無性?」
「って言うのかな」
前をはだけたまま、奴はふらりと首を回す。一瞬その目が、ひどく湿り気を帯びた視線を俺に向けたような気がした。
「お前やっぱり変だ」
「何が」
「奴らは男じゃない、と思った途端、俺を襲いやがった」
俺は黙っていた。どう答えていいのか、上手い言葉が見つからない。
「お前には女じゃない、ということの方が大事か?」
そんなこと言われたって困る、と俺は黙ったまま、考えていた。この状況で性欲など湧くものか。睡眠と食欲すらどうなるか判らない状況で、それどころじゃあない。
俺は声を張り上げる。
「馬鹿言ってないで、さっさと着ろ!」
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