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星のように綺麗な瞳が甘く揺れる。
「ケイト、」
普段は呼ばない、本名でそう呼ばれて、僕は身体を固くする。僕に覆い被さるように、綺麗な唇が近づいてくる。
触れてしまったら、切れてしまうじゃないかと思えるような整った鼻筋も。
イツキさんは、全ての顔のパーツが綺麗だ。
こんな人間離れした人にキスしてもらえる人は、この世に何人いるんだろな。
そっと目を閉じた僕に、優しく唇が、触れる。
触れた瞬間には離れて唇をずらして、イツキさんは何度も唇を重ねてくる、そのまま、音を立てて唇を擦り合わせてくるイツキさんの甘さに耐えられず、んっ、と声が出て、寒気がする。
なに、これ。ヤバイ。
このまま流れに任せたらダメだと、頭の奥で警告音が鳴り響いている。
イツキさんはお構いなしに、僕の頬、鼻筋、目蓋ににさえもキスを落としてくる。なに、この人、キスめちゃくちゃうまいじゃん。
また、唇に戻ってくるそのキスにおかしくなりそうだ。
右から左から、イツキさんが僕の頭を包み込むように抱え、息もできないテンポで唇を擦る。
何度も繰り返されて、なんか、ホントにおかしな気分になってきた。イツキさんの胸を叩く。
「イツキさん、あっ、んっ、まっ、こんなの聞いてなっ、」
イツキさんはまだ閉じた唇を合わせてきて、僕の髪を乱暴にぐしゃりとかきまぜる。ゾクッとする感覚になぜか、力が抜ける気がして、しっかりしろ、といい聞かす。
「てか、チョコレートキスじゃ、なかっ、たの?イツ、キ、さ、」
息が上がって多分真っ赤になってる自分の肩を抱いて、無理矢理彼から離れる。イツキさんはやっと僕から離れて、フッと笑う。
「そりゃおまえ、なんでも本番前に準備運動は大切でしょうが、」
いい放ち、イツキさんは、僕の目の前で、親指と人差し指で乱暴にケーキをむしりとり、口のなかに入れる。
チョコレートがついた指先をなめとるイツキさんから目を離せなくなり、僕は流れ星を探すように、落ちてくるイツキさんの唇を追っていた。
またあたたかく、今度はゆっくりと、ついばむように、僕の下唇を刺激してくる。
何度も吸って、離して、上唇もイツキさんのいいように遊ばれ、鼻の奥までチョコレートの甘い香りに充たされる。
ふと、甘い塊が僕の口のなかにはいってきて、びっくりすると、イツキさんがいたずらな瞳で、僕を覗き込む。
こんなときでも、遊びを楽しむような、子供のようなイツキさん。
胸の奥もお腹の奥にも、ずくっとした鈍痛を感じる。
中腰で僕の髪をくしゃくしゃに弄んでいたイツキさんはおもむろに僕のとなりに座り、キスをしたまま、僕のカーデガンのボタンをはずし始める。
んん!?と僕は抵抗を試みるが、ボタンをはずされたカーディガンはあっけなく、床に落とされた。
抗議の意味でイツキさんの胸を叩くが、その厚い胸板はびくともしない。それどころか、Tシャツの隙間から、手を入れて、僕の背中をなぞってくる。
「~~~!?」
抗い難い快感に声が出そうなのを必死でこらえると、泣きそうになってきた。
その間もイツキさんはキスを緩める様子もなく、平気で上唇や下唇を噛みながら、僕の耳を押さえつける。
そうされると音が込もって、唇を擦る音が、さらにやらしく響く。なにされてんだ、僕。
すっかり脱力しきってイツキさんに身体を預けていた僕は、彼のからだが傾くと、されるがままにベットに押し倒されていた。そのまま上からイツキさんが指と指を合わせて、僕の手のひらをベットに押し付けた。
「ケイト、」
汚れた唇のまま、熱をもってイツキさんが呼び掛ける。
「ねぇ、女の子はね、あーやってキスしながら、服を脱がされると、抵抗できなくなっちゃうんだ。実体験できた?僕の甘いキスどうだった?いい歌詞書けそう?」
クスッといたずらっぽく彼が笑い、僕は我にかえる。
こいつ!全く!どういう神経してるんだ!怒りと羞恥でからだが震える。思った以上のキスと、その快感に身を任せてしまった自分に混乱したまま、僕は唇を拭って憤然と立ち上がる。
「歌詞、書けると思う、けど…………、書けると、思うけどっ、ひとりで、書きたいから!!……出てって……、ごめん、」
イツキさんの方は見ないで言う。
「ふーん、良かったね、ケイ、じゃあ、バイバイ、」
イツキさんはあっさりそういって、のんきに部屋を出ていく。バタン、と軽くドアが閉まった。
一人になった部屋は苦しいほどチョコレートの甘い香りに充たされている。
堪らず、僕は窓を開けた。
知らない方が良いことって世の中にいっぱいあるんだな。
僕は目蓋と唇をもう一度手の甲でぐいっと拭う。そこについたチョコレートの汚れに再度顔をしかめて泣きそうになる。
何だか、今日という1日をすべて、後悔しそうだ。
夕日がビルの合間に傾いて揺れていた。
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