チョコレートキス ケイサイド

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チョコレートキス ケイサイド

 こんなの初めてだ。僕はパソコンの黒い画面とにらめっこしながら、かれこれ6時間もじたばたしている。  ハルさんにデモトラックをもらったのは昨日のこと。今回も秒で片付けるつもりで、朝イチ起きがけにパソコンを開いて、トラックを聴き込むも……、    歌詞がまだ2行。そこから書いては捨て、書いては捨て。それでもう6時間だよぉぉ。どうしたんだ、自分。  普段歌詞を書くのなんて、適当な冗談並みに出てくるのに。まったく!まっったくっ、リリックが出てこない。    テーマを壮大にしたのがまずかったのか?それとも僕の経験値が足りないからか。グッと認めたくない事実を喉の奥に放り込んで、もう一度トラックの再生をクリックした。    その時、コツコツ、とノックの音。ん?誰かくる予定だっけ?と思ったら、スルッと音もなくイツキさんが入ってきた。後ろでバタン、とドアが閉まる。   「ダーリン!どうしたのー?昨日ぶりじゃん!僕に会いたくなって堪らなくなったのー?」    ちょうどいいタイミングで来てくれたイツキさんに、嬉しくなって大袈裟に抱きしめて歓迎した。イツキさんはもちろん、いつもの嘘くさい笑顔で自らの綺麗な顔面をコーティングし、    「ハニー!お前のためにチョコレートケーキ焼いたらすぐに会いたくなって来ちゃったよー、ふふふ、」    意味深な笑いをする。    「え?嬉しいけどなんか、変なもの入ってそうじゃない?そのケーキw」    しかもなんで、チョコケーキ?と首をかしげる僕に、    「もちろんバレンタインだよ♡」    抜け目なくウィンクしてくるイツキさん。   「イツキさん、まだ10月ですけど?」    真顔の僕に、   「うん、ちょっと早めのだよ、」    と返してくるイツキさんの顔はいたって真面目だ。   「うん、うん? うん。うん……?イツキさんだから、まあそのへんはいいや。」    その自由さは毎度のこと。気にせず僕は、適当に縛られてあり得ない方向に曲がった金色のリボンをとく。  僕の膝に乗るくらいの長方形の箱にはずっしりと艶々したチョコレートケーキがつまっていた。表面には砕いたピスタチオ?みたいな緑のナッツが散りばめられている。   「わぁ!思ったより、美味しそう!僕、コーヒーいれてくるね。」    一旦リビングに出る。こないだ新調したコーヒーマシンは、8種類のコーヒーをいれることができる。イツキさんはアイスカプチーノ、僕はホットカフェラテ。  ついでにキッチンで小さいナイフと皿を2枚、フォークを2本用意し、お盆にコーヒーを載せ替えて、部屋へ持っていく。    部屋に戻ると、イツキさんは僕のゲーミングチェアに座って、くるくる回転をつづけている。   「ハイ止まって、コーヒーですよ!」    それを差し出すと、イツキさんはやっと回転を止め、   「ケイ、どうしてお前、そんなにゆらゆらしてるの?地震でも起きてるの?大丈夫、俺がお前のこと守るからね。」    とか訳のわかんないことを言う。  彫刻のような横顔に可愛い指をあて、イツキさんは頭を抑えている。気にせず僕はケーキを切り分け、皿に1つずつ載せて、大きくパクリと頬張る。   「を!うまっ!イツキさん、天才!」    ずるっとカフェラテも流し込む。甘すぎるくらいなのに、コーヒーにめちゃくちゃ合う味!リュウの作るフォンダンショコラも好きだけど、これはもっと甘くて苦くて濃厚な味。    「んー、んまいー。」    ご満悦の僕の隣にようやくやって来たイツキさんが、なぜか僕の膝の上に座る。    「イツキさん、重いし、食べにくいです。」    そういう僕には目もくれず、雑にフォークでケーキを切り分けて、グサッとケーキのお腹辺りを刺し、イツキさんは口に運ぶ。ウンウン、と頷きながら、   「なかなかうまいね、」    という。  仕方がないので膝を崩して、イツキさんを抱え込むように僕は座った。
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