運転手 只今今忠

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運転手 只今今忠

(ただ)(いま) (いま)(ただ)』  急な雨に降られ、慌てて手を上げて乗り込んだタクシー。行き先を伝えつつその座席の後ろに貼られた名前を、男はおもわず凝視してしまう。 「ふざけた名前でしょう」  ミラー越しに映る、割と若めな運転手の表情はにこやかだった。 「うちの親もどんな気持ちで、こんな早口言葉みたいな名前をつけたんだか。おかげで学校じゃあ、只今くんただいま〜なんて言われて、よくからかわれたものです」  タクシーがゆっくりと走り出す。  不意にスマホからメッセージアプリの通知を知らせる効果音。素早く表示された内容を確認する。 「一度この先のアパートの前に停車してもらえますか。そこでもうひとり、同乗させても構いませんか」 「かしこまりました」  アパートの前にはすでに、ひとりの若い女が待機していた。 「あなたに、大事な話があるの」  女が男の隣へと乗り込み、開口一番、弾んだ声を上げた。自らのお腹を、優しくさすりながら。 「子ども、できちゃった」 「それはおめでとうございます。奥様」  男がなにか言うより先、只今が口をはさんできた。女がえ、と只今の方を見る。 「だっておふたりともそれぞれ、おそろいの指輪をしておられるでしょう。それって結婚指輪ですよね」  男と女、同時にふたりは自らの手を凝視した。 「それでは、発車しますね」  タクシーが再び、走り出す。  しばし男の隣で、女が子どもの性別や名前について無邪気に話しているのを横で聞きつつも、どこか怪しくも感じられる運転手を横目で気にしていると。 「ちょっと待て。この道、俺が指定した場所と方向が違うぞ」 「私の仕事は、お客様を送り届けることが、仕事なんです」  またしても先に口をはさまれた。  タクシーが停まったのは、とある住宅街の一軒家だった。その家の前には、ひとりの女が仁王立ちで待ち構えていた。  男の、だった。 「彼女は、私の今回のです」 「依頼人?」  只今は淡々と話を続けた。 「私がのは、なにも非合法な武器や薬だけではないんです。それこそ非合法な人間たちから逃走している人、あるいはあなたのような人を、あくまで通りすがりの第三者を装い、運ばれてる本人が気づかぬうちに依頼人の元へと秘密裏に運ぶのも、の仕事なのです。そして」  妻が暗い表情で、タクシーの後部座席へと近づいてくる。  そのタイミングに合わせるように、後部座席のドアがゆっくりと開いた。 「その人が本来、ただいま、と言って帰らなければならない場所にも」
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