07.あと一年

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07.あと一年

「……え?」  思わずぽかんと口を開けた私を、エリオス様は嘘のない目で見つめてくれていて。  だけどわけがわからずに首を捻る。 「どういうこと? 隣国のお姫様はどこにいったの?」 「いや、どこから隣国の姫が出てきたのかな」  くすっと笑われて、私の耳は熱くなった。  どうしよう。エリオス様の顔が、優しい。 「実は僕はね、ブランシェット公爵家との繋がりを強めるために、婿入りを父上から匂わされていた。君と初めて会った日は、ブランシェット公爵家がどういう家か、どういう人たちがいるのかを僕なりに下調べに行ってたんだよ」 「そうだったの……」 「そこで、一人娘の君に会った。ブランシェット夫妻は、僕が婿入りする可能性なんて考えてもいなくて、君を隠したがっていたけどね」  普通は王子と娘を会わせたがるものだけど、私と会えば粗相をするとしか思えなかったんだろう。実際に粗相はしまくっていたわけだし。 「その時に私と婚約したの?」 「いや。もちろんフィオはかわいいし面白い子だと思ったけど、婚約は考えられなかったよ。君はあまりにも幼すぎたし」 「そうよね。じゃあ、いつ?」  私が首を傾げると、エリオス様は穏やかな声で続けてくれる。 「君が毎日僕に会いたいって言ってくれただろう?」 「十歳の時ね。この王宮に住み始めた」 「行儀見習いで王宮にいられるのは、長くとも普通は一年なんだ。その頃には公爵家に帰りたがると思ってたけど、フィオに帰るつもりはなかったよね」 「ええ。だって、エリオス様と一緒にいるのが楽しかったんだもの」  私の気持ちを聞いたエリオス様は、目を細めて頷いた。 「行儀見習いを延長するには、それなりの理由がいる。だから僕は、君を婚約者にすることを父上と君のご両親に提案して許可をもらった。婚約したのはその時だ」  エリオス様はどうやら、私の王宮に住みたいという願いを叶えるためだけに、婚約してくれていたらしい。 「それで私はずっと王宮にいられたの?」 「うん」 「どうして私の婚約者になっていることを教えてくれなかったの?」  疑問が湧いてくる。  親同士が婚約者を決めるのはよくある話だけど、本人に通達しないなんて普通はあり得ないもの。 「君は当時、まだ十一歳。これから色んな人と出会い、恋も知っていくだろう。僕との婚約を知れば、フィオは今までのように自由な個性を発揮できなくなると思った。だから、僕との婚約は一部の人だけの秘密にさせてもらったんだ」  私の変と呼ばれる行動を、自由な個性と言ってくれるエリオス様。  確かに第二王子と婚約したとなれば、周りの目を気にしてそれまでのようには過ごせなかったかもしれない。 「私が誰かに恋したら、どうするつもりだったの?」 「もちろん人知れず婚約解消をして、フィオの恋を応援するつもりでいたよ。このことも君の両親に承諾してもらった上で、契約を結んで婚約者となっていたんだ」  話を聞いても、よくわからない。  どうしてエリオス様が、私にそこまでしてくれていたのかが。 「もし私が誰も好きにならなかったら、婚約解消できないってことよね?」 「そうなるね」 「その時には、私と結婚するしかなくなるんじゃないの!?」 「もちろん、その覚悟があって婚約者になったんだよ」  まるで愛おしい人を見るかのように細められる瞳。  本当にエリオス様は、底抜けに優しくてお人よしすぎるの。 「エリオス様にとっては私なんて、ただの利害で陛下から仄めかされただけの存在でしょ? そんな私に、どうしてそこまで……」  私に問いに、エリオス様は銀色の髪をさらさらと揺らせる。 「うーん。なんでだろうね。でも僕は、最初から君のことを素敵な人だと思っていたし、王宮に来てからもかわいい妹のように思ってた。大切な人を喜ばせたいと思うのはおかしなことかな?」  太陽のような微笑みを見せるエリオス様に、私は首を振って見せる。  かわいい妹のように。そう思ってもらえていただけで、涙が出そうなほど嬉しい。 「私も、エリオス様のことを最初から素敵な人だと思ってたわ。私の行動に顔を顰めない人なんて、初めてだったもの」 「ははっ。君はこんなにも素晴らしい女性なのにね」  エリオス様の手が私の頭を撫でようとして……すぅっと頬に降りてくる。  女性(・・)扱いを、してくれてる……。  そう思うと、顔が熱くて。大好きって想いが溢れて止まらない。私はぎゅっと手に力を入れると、エリオス様を見上げた。 「エリオス様っ」 「フィオーナ」 「「好きです」」  同時に放たれた言葉に、私たちは目を見合わせて。 「わお」 「……ふふ。あは!」  エリオス様のいつもの反応に、私は思わず声を上げて笑う。  少し照れくさそうに、でも幸せそうに笑うエリオス様は、本当にかわいい。 「よかった。他に好きな男がいるかもしれないと思うと、どうにかなりそうだったんだ」 「妹だと思っていたんじゃなかったの?」 「最初の頃しばらくはね。最近は、フィオが成人するまで妹だと思おうと努力してたんだよ」  ほんの少しだけ困ったように笑うエリオス様も新鮮で。  えへへと笑うと、エリオス様もいつものようにふにゃって笑ってくれる。 「もう妹だと思わなくても済みそうで嬉しいよ」 「私も。もうエリオス様のこと、お兄さんだとは思わないわ」 「うん、それでいい」  室内なのに、ほわりと風が動いた気がした。  心がぽかぽかしてあったかくて、幸せの香りがして。  見つめ合うと、目が離せなくなって。  自然と距離が近くなった私は、目を瞑る──  ──。  ────。  ──────…………。 「エリオス様?」  ぱちっと目を開くと、そこには幸せそうな柔らかい眼差しのエリオス様の姿があった。  え、今、キスする雰囲気だったわよね?? 「どうして見てるの?」 「いや、フィオは本当にかわいいなと思って」 「もう、ずっと見てるだけなんてひどいわっ!」 「あはは、ごめんね」  エリオス様の手が、私に頭に乗せられてよしよしと撫でていく。  むうっと頬を膨らますと、それすらもかわいいというようにエリオス様は目を細めた。 「もうっ、また子ども扱いして」 「だって、フィオはまだ成人してないじゃないか」 「そうだけど……したかったわ」  本音を漏らすと、エリオス様は少し悩んでいる。  私のわがままを全部聞いてくれるエリオス様だもの。押せばきっと── 「やっぱりだーめ。僕もここまで待ったんだ。君もあと一年くらい我慢しなさい」  初めて私のわがままを断ったエリオス様は、ほんの少しだけ意地悪な表情で。  ああ、そんな顔も……好き……っ!  耳が燃えちゃいそう! 「わかったね? フィオーナ」  そんな風にキラキラ言われると、もうなにも言い返せない。  こくんと頷くと、「よくできました」とエリオス様は私の頭をもう一度撫でてくれた。  一年後、私の誕生日に指輪をくれてプロポーズされるのは、また別の話──。
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