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 夕飯の食卓には、そうめん、ナスの煮浸し、豚しゃぶサラダが並んでいた。連日のうだるような暑さに食が細っている胃袋にはありがたいが、昼間のラーメン餃子のせいで箸が進まない。胃袋のあたりをさすりながら食事を進めた。  妻の聡子(さとこ)が怪訝な目を向ける。 「あなた具合でも悪いの?」 「え、いや……」 「そう、ならいいんだけど。それはそうと、水彩画教室やめたの?」 「え?」箸が止まる。 「さっき鈴木さんの奥さんとバッタリ会ったときに、お辞めになったのですかって訊かれたわよ。てっきり通ってるものだと……」  五ヶ月ほど前に生徒になったのだが、ここ数回はサボっていた。 「いい道具買い込んで張り切ってたと思ったら……」と、あきれた顔だ。 「それとあなたの部屋掃除したときに本が山積みになってたけど、読んでるの? 今日も本買ってきたでしょ?」  村重は「ふうっ」と息を吐くや、箸をバシンとテーブルに叩きつけた。 「うるさい! なんだお前は小姑(こじゅうと)みたいに。オレがオレの金をどう使おうが関係ないだろ! メシが不味くなる!」  聡子は驚いたように目を丸くしている。  村重は立ち上がるとずかずかと廊下をわたり自分の部屋まで行くと、バタン! とドアを閉めた。  ベッドにどさりと仰向けになり「クソっ」と漏らしたが、すぐに言い過ぎたと思った。  自分に対する「クソっ」だった。高校生に老害と言われたイライラが種火のように(くすぶ)っていたところに、水彩画も読書も中途半端になっていることを突かれ、聡子に八つ当たりしたのだ。ちょっと言い過ぎたなと反省し、謝るべきかと逡巡しているうちに眠ってしまった。  しかし翌朝、目を覚ますと聡子がいなくなっていた。
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