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昼飯は出前の蕎麦で済ませ、昨日買った新書〈新型コロナは人工物か?〉を読みはじめたが、いつの間にか眠っていた。
夕方近くに暑さで目を覚ましたが、聡子は帰ってきていない。仕方なく着替えて、駅前に足を向けた。スーパーで弁当を買うか外食するつもりだ。
駅近くの一番大きなスーパーの弁当コーナーを覗いてみた。時間のせいか多くの客でごった返している。弁当が何種類も並んでいて選り取りみどりだが、かえって選べない。いっそのこと焼き鳥とししゃもでも買って酒のアテにするかと手を伸ばしたとき、レジの方から男の怒鳴り声が聞こえてきて、思わず目をやった。
レジ前に長蛇の列ができていて、その先のレジで高齢の男が声を荒らげていた。
「もっとわかりやすく教えられねーのか!」
引くほどの怒声で、周りの客の注目を一身に集めている。
「いやねえ、老害……」
背後で女性がぼやく声が聞こえた。
どうやらセルフレジの使い方がわからずに癇癪を起こしたようだ。懸命に頭を下げて説明している女性の従業員が不憫だった。
オレもあのレジ初めてだ……。村重は何も買わずにスーパーを後にした。
長年住んでいる街でも、意外と入ったことがない店がある。せっかくなので飲み屋の新規開拓でもするかと、商店街をゆっくり見て歩いた。勤めているときは月に何度か飲んで帰っていたが、それは本社の近くが多い。地元にこんな赤提灯があったのかと、新たな発見に顔をほころばせていたら「村重さん」と、背中で声がした。
振り返ると鈴木さんだった。キャンバス地のトートバッグを下げている。
「ごぶさたしてます、お元気でしたか?」
「あ、ええ、ご無沙汰しちゃって……」
足が遠のいている水彩画教室のクラスメイトで決まりが悪い。
「心配してたんですよ。ほら、お互いに若くないですし」
「すみません……でも、お陰さまで今のところ健康です」
「そうですか、それはよかった。ところで、お時間あれば、軽くいかがですか……?」
右手でお猪口を呑む仕草だ。
「ええ、いいですね。暑気払い行きますか」
「じゃあ、そちらのお店でいいですか?」
こうして二人で臙脂色の暖簾をくぐった。
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