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「私、人生を山登りに例えるのは好きじゃなくて、もちろん個人の自由だから否定はしないけど。私は山登りじゃなくて、平らな一本道だと思っているの」 「平らな一本道? でも山谷があるだろ」 「そうね。その山谷のたとえが、幸不幸みたいで嫌なのよ」 「幸不幸……山が幸で谷が不幸、ってことか」 「ええ。山はいいとしても、今は谷かって思うと気持ちが落ち込むのよね」 「ああ、たしかに……」顔には出さなかったがドキリとした。 「人生は平らな一本道だと思う方が、私は気持ちが楽なの。それはでこぼこもあるわよ。つまずくこともあるけど、道は続いているじゃない。だから転んでも起き上がって、また足を前に進めるでしょ? そうしてそれぞれの道を歩んでいると、あるとき、他の人の道と交差して、たとえば、あなたと私の道も交差したところから一本になったの。そこからは二人で一本道を歩いて、洋子が生まれてからは三人で歩んで。そして洋子が結婚して、あの子は私たちの道から、徹さんとの一本道に移って、今も前に向かって二人で歩いている。あ、もうすぐ三人ね……」  聡子の人生観を聞いたのは初めてで、また、村重の頭にはなかった人生の捉え方が、新鮮だった。 「山は頂上に登ったら降りるじゃない。降りているときって、気持ちがマイナスになる気がするのよね。だけど、何かを成し遂げたにしても、頂上じゃなくて一本道の通過点って考えれば別にマイナスにならないでしょ。上手く言えないけど」  「いや、意味はわかるよ……」  自分の心を見透かされたようだった。たしかに定年後のオレは次の頂きを探して空回りしていたのかも知れない。三十年も一緒にいたのに、初めて聡子の心のありように触れたみたいで、言葉にできない感動があった。 「じゃあコーヒーでも淹れるわ、飲むでしょ?」 「ああ。そうだ、淹れかた教えてくれよ」 「え?」ぎょっとした目だ。 「そんなに驚くことか? まあ、いいじゃないか」 「お灸が効きすぎたかしら」と、聡子がクスリとした。 「ハハ、そうかもな」  お灸も効いたし、鈴木さんに感じたこともあった。鈴木さんは第二の人生を、心の赴くままに楽しんでいるように思えた。それに引き換え自分は、どこかで抗おうとしていた。もう、昔に戻れるわけでもないのに……。  聡子が言うとおり、第二の人生を一本道の続きだと思えば、変に気負うこともない。そして、一緒に歩んでくれる妻が隣にいてくれる。  頭のなかに、どこまでも続く一本道を聡子と並んで歩く姿が浮かんだ。  これを絵にしてみたい。場所は北海道か信州あたりだろうか。聡子ならどこをイメージするかな。  コーヒーでも飲みながら、訊いてみるか。 ー おしまい ー
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