第1話 熱風いざないて

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第1話 熱風いざないて

虫の鳴き声がリンリンと静かに響く夜。今村左京は手に松明をもってジャングルの荒れた大地を歩いていた。月代を剃っていない総髪を後ろに撫で付けて紐で結び、小袖と袴の服装で腰に巻いた帯に大小二本の刀を差している。松明はパチパチと火の粉を飛ばしながら眩い光を放ち、周囲に生い茂る木々と足元の雑草を照らしていた。 しばらくして開けた場所に出た。前方の闇の中に見える別の光。半纏に股引の格好の若い男が松明を手にして立っていた。 「左京殿!」 空いているほうの手を膝に付けて深々とお辞儀する。左京はそれに目礼で返す。 男のすぐ近くには釣瓶があった。象さえもスポリと入ってしまいそうな大きな穴を跨ぐようにして木材が組まれ、その中央に滑車が吊り下げられている。そこに取り付けられた綱を男二人が握っていた。 綱が引かれて滑車がカタカタと音を立てて回転する。やがて土の盛られた大きな木桶が穴の中から現われた。綱を握っていた男のうちのひとりがその木桶を掴んで土を地面に落とす。穴の周辺には小さな山がいくつもできていた。 左京は穴の中を覗き込んで松明をかざした。その光の中に照らされたのは鋤をもった三人の男である。上半身裸で、びっしょりと汗をかいた肌が艶を放っている。 「おぬしら、ご苦労であったな」 穴の側面には螺旋状に土の階段が形成されていたが、左京はそれを使わず、穴の中にひょいと飛び降りた。袴をふわりと膨らませて地面に着地した。 「これだけ掘ればもう十分だろう。あとは銀の到着を待つのみだ。今日はもう幕舎に戻ってよいぞ。酒も用意してある」 「はッ、ありがとうございます」 三人は鋤を肩に担いで土の階段を上がっていく。穴の中には左京ひとりだけが残された。虫の鳴き声も届かない完全なる静寂。宇宙空間に放り出されたかのような暗闇。足裏の感触だけで地面に立っていることを認識する。顔を上げると、地上に置いてきた松明が穴の淵からちらちらと光を放っていた。 そこをじっと眺めていると、やがて分厚い雲の向こう側から満月がゆっくりと姿を現わした。左京は両手を広げてその柔らかな月光を全身に浴びた。
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