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第一章〜カレー味の行き先(雅)
第一章〜カレー味の行き先(雅)
1
はらはらと儚げで優美に桜舞う季節、名波雅は自宅から近場にある桜並木にいた。
「みや兄!」
快濶な声に呼ばれ、雅は振り返る。
紺のブレザーの制服を着ている雅とは違い、漆黒の学ラン姿の四つ下の弟は、両手にいっぱいに紙袋を抱えている。
長身なのは一緒でも細身の雅と違い、彼は秀麗ながらも質実壮健な肢体をしていた。
「またカレーを作るつもり? 守は」
「そうだよ。今日は柔道部の顧問忙しいから時間のある今、カレーを作りたい。別にいいだろう?」
守は、左側に泣き黒子があり晴朗でつぶらな黒鳶色の瞳を瞬かせている。
雅には、守含めて三人の兄弟がいるが、それぞれ母が違い事情を抱えていた。
一番下の守の母親は、正妻の姉だが不治の病で彼を産んですぐに亡くなっている。
一番上の宏人は、正妻の子供。
二番目の咲也は、名波宏の秘書。
三番目の雅の母親は、トップモデルだった。
今生きているのは正妻だけで、雅と咲也の母親もいわくつきの事故で亡くなっていた。
東洋大陸の大和国屈指の名家ゆえに、何かと煩い名波本家に、今はもう亡くなっていない父親である名波宏は、四人の子供の先行きを憂いて熟慮する。
長男の母親以外他の三人の母親は、子を産んだら例外なくいなくなっていた。
名波宏は、長男以外それぞれが生まれて一年もしないうちに別邸へ引き取り育てる。
その後、美門本家の双子と二人の母親がやってきた。
双子の父親は、三人を名波宏のもとへ逃すために命を落としている。
しばらく、名波家別邸で三人は平穏に時を重ねていた。
名波家別邸となったその屋敷は、以前は名波家遠縁のジェラート家の別邸だった。
譲り受けた屋敷は、西洋大陸のジェラート家が住みやすいように、和式が主な大和国では珍しい豪奢で広々とした洋館。
執拗とせまる美門一族は、有羽を諦めることはなく、彼女が春で十二歳になる前新年早々動き出し始める。
有羽の双子の兄は、皆の安全を維持する目的と、美門本家の跡継ぎとしての使命を果たすために春待つ前に自ら名波家から離れた。
それでも伸びてきた魔手から有羽を守ろうと、名波宏は彼女の母親と交通事故で亡くなった。
有羽は、その後行方不明になり、今は遠縁のジェラート家にいること。
最近、雅は知った。
父親や美門家の三人がいなくなった後、長男の宏人が名波本家の壁となった。
本家へ戻った彼は、別邸に住む三人の弟たちを守っている。
四人の血が半分つながっているのは、DNA鑑定で証明され確かな事実だった。
咲也と雅は、細身で鋼のようにしなやかな体躯をしていたが、宏人と守は逞しい大柄な体躯をしている。
そんな四人が共通しているのは高い鼻梁だが、それぞれ瞳の感じが違っていた。
長男の宏人は、深みのある闇のような芳醇な黒鉛。
その上の咲也は、甘く切れ上がった黒錫色の瞳。
末の守は、晴朗でつぶらな黒鳶色。
そして雅は、冷厳な紫黒の瞳だった。
三人ともかなりの美形を誇るが、雅は色香すら香りそうな艶美な造りで人目集めるほどの極上の美貌を誇っている。
「好きだなあ、守は」
「別にいいだろう、みや兄だってカレーは好きだって言っていただろう? それに、だってこの時期って、何だかじっとしていられないから」
守は、晴朗な瞳を僅かに翳らせて言う。
「守……」
「……まあ、それはよくわからないけど。たぶん春うららで、気分が高揚しているのかも」
「だろうな」
その理由、雅は察していたが、あえて深く何も言わなかったーー。
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