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6
漆黒の馬は、そのまま林の木をぬって疾走した。
ゆっくりと雷雨はおさまりはじめ、真っ黒な雲は薄れてゆき、隠れていた銀色に輝く見事な明月に照らされ、次第に薄闇色に変わった。
雨がやんだ頃、有羽は我に返る。
自分をがっしりと抱えている男を、ちらりと有羽は見た。
自分を抱える体は、剛勇無双で琥珀色。
黒装束からこぼれ落ちる髪は見事な藍色で、薄闇の中で微かに煌めいていた。
見覚えのない色彩に、有羽は小首を傾げる。
あまりにも落ち着いた有羽の様子に、彼は何か企んでいるのではと思ったのか、ぼそりと忠告してきた。
「無防備に飛び降りようなどと、思わぬことだな」
その声は、深い響きを持っているが淡雪のように溶けてゆく。
印象をつなぐ前に埋もれ、年齢さえも判ずることが出来ない。
それほどまでに頭の芯へ直接響く、とても深い声音だった。
「……わかっています」
困惑顔の有羽だが、毅然として言う。
このスピードで疾走する馬から飛び降りること、それは馬鹿な人間がすること。
自分を抱きこんでいる左腕の力強さ、それからは簡単に逃れられそうにもない。
自分を落ち着かせるように言いきかせ、有羽は彼に体を預ける。
有羽の様子に感心したように、彼は言った。
「怖くないとみえる」
「怖くは、ないです」
「なぜ?」
「宿命にすべてを任せるしかない、身の上だから」
ぽつりと言う有羽の声に、彼は愉快そうに笑う。
笑い声こそ立てなかったが、有羽が身を任せている胸元が揺れてそうだと思い、彼女はむっとする。
「……何が、おかしいのですか?」
「おかしくて笑ったのではない。健気な有羽がとても愛しく想ったのだ」
「……あの、私を知っているみたいですが、何の用ですか?」
有羽は、訝しげに眉根を寄せ、馬に揺られながらも精一杯に首を傾げる。
自分の頭の上にある彼の顔を、有羽はもっとよく見ようとした。
「ふーん、我が顔を見たいか?」
彼は、有羽へ視線を送ってきた。
冷厳な紫黒の瞳、月影の双眸を縁取る長い睫毛は夢のような見事な銀白で、流麗な美貌の持ち主だった。
知らない美貌の持ち主なのに?
それでも月影の瞳だけは見覚えのありそうな神々しいほどの美貌に、有羽は息を呑んで見ている。
「見覚えは?」
「……さあ?」
有羽は、素直に可愛らしく小首を傾げた。
「まあ、いい。もう少し待て」
そう言って彼は前を見据え、そして馬を軽快に走らせる。
「……」
何か言いたげな彼の表情だが、有羽は静かに様子をうかがっていた。
それに気づいたのか、彼は警戒を解いた。
そして、まるで恋人と遠乗りをしているかのように楽しむ。
彼は、流麗な唇を嬉しそうに綻ばせていたーー。
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