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7
二人を乗せた漆黒の馬は、鬱蒼とした林を疾走していた。
しばらく行った後のこと、微かなせせらぎの音がきこえてくる。
目の前に、満月に照らされた清らかにわきたつ湖が見えてきた。
彼は、手綱を引いてほとりに馬を止めて、マントを靡かせながら馬から降りる。
ゆっくりと優しく有羽を抱きおろした彼は、馬を水辺に導いて行く。
神妙な顔で有羽は、その後について行った。
先程の衝撃で、有羽は喉が渇いていたので両膝をついて馬と並び、清らかな湖の水を両手で掬って飲む。
ふと落とした有羽の視線は、毅然と立つ得体の知れない男の影がちゃんと湖面に明月とともに映っているのをちらりと見る。
ちょっとだけ有羽は、そのことに胸を撫で下ろしていた。
有羽は、乾いた喉を潤して濡れた唇を指先で拭いながら立ち上がった。
そんな有羽に、彼はゆっくりと近づいてきた。
琥珀色の手、それを伸ばした彼は有羽の細腕を捕らえる。
「!」
彼に引き寄せられた有羽は、慌ててズボンのポケットの中を探る。
いつも隠し持っていた短剣、それを鞘から抜き取る。
短剣の光が、彼の琥珀色の喉元へ鈍く光る。
しかし彼は、少しも動じることなく有羽をまっすぐに見据えていた。
「さすが、私の花嫁だ」
「は?」
「相変わらずだな、本当に」
「さ、触らないで!」
伸ばしてきた神経質そうな美しい指先に、むっとした有羽は、いきなり切りつける。
危ういところで、彼は飛び跳ねる。
有羽の低く構えた短剣は細身だが、それでも素晴らしい切れ味だった。
彼の黒装束のマントの肩辺りが、少し切り裂かれていた。
へえっと、彼は愉快そうに口元を歪める。
「助けてくれたことは感謝するけど、あなたは一体何者?」
思った以上の彼の相当な身のこなしに、有羽は内心苦虫を噛み締めながらきく。
まだ14歳と幼い有羽と彼とは、かなりの身長差がある。
生暖かい風が流れ、有羽の心の苛立だしさが煽られてゆく。
「まったく、とんだじゃじゃ馬だな。本当変わっていない」
「なぜ、私のことを知っている?」
「さて?」
くつくつと、彼の皮肉げな声が響く。
「答えてって!」
有羽は、かっとなって声を荒げた。
「自分で調べろ、有羽」
「!」
面白げに笑う彼の声が、突然有羽の華奢な身体を捕らえるごとく、その全身を貫く。
有羽の視界が、ぐらりと揺れる。
有羽の背後は、湖のふちで足場が悪く、彼女が体を傾けたことで、いっきにバランスを崩した。
「儀式を行う」
「え?」
彼は、有羽の手元の短剣を手早く取り上げて、林へ投げ捨てる。
やけに体が重く足元おぼつかない有羽は、身動きが取れない。
有羽の膝裏へ手をすべり込ませた彼は、ふらつく彼女をいっきに引き寄せる。
二人そろって、深い湖の中へ沈んだ。
「!?」
彼は、有羽の両手をがっちりと捕らえた。
ひんやりとした水の中で、二人は目が合う。
彼の冷厳な月影の双眸が、まっすぐ有羽を見据える。
からめとられるような視線に、有羽は全身を凍りつかせた。
彼は、ただそのまま有羽の両手を捕らえて水中に拘束し続けた。
「んっ!」
有羽は、すぐに窒息寸前になり、もがきながら水中で最後の息をついたーー。
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