第一章〜カレー味の行き先(雅)

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8 有羽がぐったりするのを待った後、彼は胸に抱き、水中から上がっていった。 二人の全身をずぶ濡れにしていた水は、湖から上がった途端、瞬く間に紫黒色の霧となると、蒸発して消えた。 彼は、一番柔らかそうな腐葉土を選んで、有羽をそっと静かに横たえる。 「静かにしていろ」 彼は、細い両手をがっしり捕まえ、腐葉土の上で馬乗りになった有羽を押さえ込む。 「な、何を!?」 我に返った有羽が、声を荒げる。 「有羽、静かにしていろ」 有羽の声を制した彼の口調は、さっきよりもむしろ静かで、わずかに優しささえ含まれていた。 「……一体、どうゆう?」 「守るためだ、有羽を」 「え?」 彼は、有羽の輪郭をそっと撫でる。 頬から顎、首筋のほつれ毛を神経質そうな指先で彼が丁寧に這うと、華奢な鎖骨と肩の線があらわになった。 「さ、触らないで! 自分の名を名乗れないような男に、私は気安く触られたくない!」 有羽は、艶やかな感触に身震いしたが、それでも気丈に声を荒げる。 「……」  一見儚げで大人しそうに見える、温柔な容貌。 それなのに、想像のつかないほどの感覚。 美しい獣がまるで獲物を射るような双眸で睨んでいる、黒真珠色の瞳の激しさ。 彼は、深い目眩を感じて手を止める。 「本当に、どうゆうつもりだから!」 「……名か? いずれわかることになろう。今の時点、この姿はかりものだから知らないほうが有羽のためだ」 その声に我に返った彼は、困ったように肩を竦める。 「は? かりものってどうゆうこと?」 有羽は、訝しそうに眉根を寄せる。 「すべては有羽のためだと、言っておる」 「それでも、どうゆう?」 「力を抜け、有羽」 彼は、有羽の言葉を遮り自分の左手の人差し指を噛んだ。 流れてきた自分の血、それを口の中へすすってゆく。 「……」 有羽は、その様子に呆気にとられている。 彼は、剛勇無双の肢体を重ね合わせてきた。 「なっ!」 冷厳な紫黒色の瞳が、有羽へ迫る。 瞬時に、可愛らしい有羽の唇へ、彼は自分の唇を強引に重ね合わせた。 「んん……!」 有羽は、身動き取れずに身震いする。 あんまりな感触に耐え切れなかったのか、その黒真珠色の瞳は潤みだす。 一筋の涙がゆっくりと、有羽の柔らかな頬をつたう。 どうあれ有羽が口腔の奥へ注ぎ込む液体を飲み込むその時まで、彼は深く口づけて離さない。 有羽の喉が鳴り、喉奥へ飲み込んだのを確認した彼の唇は、ゆっくり離れたーー。
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