散りゆく桜

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 夜桜見物から一カ月。  吉原の話題の中心は、なぜか雛菊と宗介一色だった。 「……どうして、こうなりんした?」  雛菊は手元の瓦版を眺め、プルプルと震える。そこには、『吉原一の遊び人、越後屋の若旦那。雛菊花魁に骨抜きにされる』と名打たれ、ここ一カ月の宗介の行動が記されていた。  どうやら宗介は雛菊のところ以外、通っていないらしい。  瓦版によれば『馴染み』を交わした遊女は数知れず、吉原一の遊び人と名高い宗介だったが、雛菊と一夜を共にしてから、雛菊花魁しか呼び出しを行っていないと書いてある。まぁ、そこまでは想像の範疇だ。しかし、『通い』すらしていないとは、どういうことか。馴染みが深くなればなるほど、引き手茶屋を介さずに直接、妓楼へと旦那が通うのはよくある話だ。毎回、大金を落とす宗介であれば、引き手茶屋を介さずとも妓楼は嫌な顔をしないだろう。  相変わらず雛菊とは床を共にしていない。昨晩も引き手茶屋に呼び出され、派手な酒宴を開いた後に玉屋まで花魁道中をし、雛菊の私室で二人きりとなった。酒を飲みつつ会話を交わし、床に入ることなく明け方帰っていったのだ。雛菊の目に映る派手な赤地の布団は綺麗なままだ。  瓦版に書いてあることが正しいのなら、宗介はここ一カ月、誰とも寝ていないことになる。  あの派手に遊んでいた宗介がだ。 「遊びすぎて、不能になりんしたのかねぇ」  そんな失礼なことを考えながらも、雛菊の心が浮き足立っていることがこそばゆく感じる。 (こんなじゃ、恋を知ったばかりの生娘と同じやないの)  初恋の人、銀次に想い人がいると知ってから一カ月。いつの間にか、奉公先の沖ノ屋へと帰っていった銀次。今思えば、宗介からの呼び出しの多さに銀次の存在を忘れていた。ほとんど会話を交わすこともなく、見送りすらしなかった。  屋形船の中、宗介から言われた言葉が頭をよぎる。 『心の中から、いつか追ん出してやる。おめぇを振った男をよ』  間違いなく宗介は雛菊の心から銀次の存在をしめだした。 (銀さんのことを思い出しても心が痛まないのは、あの女たらしのおかげでやんすね)  脳裏に浮かんだ宗介の顔に、自然な笑みが雛菊の顔に浮かぶ。『次会ったときは、もう少し近こう寄ってみんしょうか』なんて、らしくないことを考えていた雛菊の元へ、珍客が駆け込んで来た。 「どうしんした!? 遣り手!」 「助けてくんなんし……、雛菊、お前さんでないと抑えきれん!! このままじゃ、菊花花魁が傷ものになっちまう!!」 「――なんですって!?」
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