遊女の矜持

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「ふん! さっさとこっちへ来て(しゃく)でもせんか。気がきかねぇ花魁だな」 「へいへい、これは気づきませんで申し訳ありんせん」  雛菊はザッと辺りを見回し、膳にのっていた徳利を掴むとスッと立ち上がる。笑みを絶やさず、静々と男へとにじり寄る雛菊の目は笑っていない。  しかし、派手に酔っ払っている男は雛菊から放たれる静かな怒りに気づかず無作法にお猪口を差し出した。 「お待たせしんした。たんと飲んでくんなんし」 「わっ!? こ、この――っ、何しやがる!!」  頭上でひっくり返された徳利から酒が落ち、男の髪から雫が滴り落ちる。その惨めな姿に雛菊は艶然と笑みを浮かべ、さらに男を煽った。 「主さん、頭は冷えんしたか。さぁさ、帰っておくんなんし。ここ吉原は、野暮な男が来るところではありんせん」  顔も赤く怒りを顕にする男を見下ろし、雛菊は蔑みの視線を投げ、襖を指差す。 「くっ――、そぉぉぉ!!!! 舐めやがって!」  目の前に置かれた善を蹴倒し立ち上がった男に、雛菊は胸ぐらをつかまれる。しかし、雛菊が動じることはなかった。 「今度は、暴力でありんすか。力も弱い女に手をあげるなんざ、武士道精神もお捨てなすったか」 「――なに!?」 「弱きを助け、強きを挫く。今のお前さんは、侍ではなく、犬畜生と同じでありんすな」  (たこ)のように顔を真っ赤に染めた男が手を振り上げても、雛菊は逃げなかった。一発殴られることは想定済みだ。 (これで、終いでありんす……)  花魁に手を挙げたとなれば、この男は吉原遊郭に足を踏み入れることもできなくなる。襖の向こう側では、若い衆が固唾を飲んで二人のやり取りを見守っていることだろう。男が花魁に手をあげた瞬間、乱入する手筈は整えている。数日は、顔の腫れはひかないだろうが、宗介との噂が下火になるまで客を取ることを禁じられている雛菊にとっては痛くも痒くもない。 (さぁさ、やりなんし)  覚悟を決め目を瞑った雛菊へと、想像していた衝撃が襲ってくることはなかった。 「――――、てぇめ!! 俺の女になにしやがる!!!!」  つんざくような悲鳴に目を開けた雛菊が見たものは、骨を砕くような音ともに胸ぐらを掴んでいた男が宙を舞い畳へと落ちる瞬間だった。強い力で引き寄せられ香った嗅ぎなれた香りに、雛菊の心臓が跳ねる。 「どして……、どして、ここにいるんすか。宗介さま」
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