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重なり合う
深淵へと落ちた意識が浮上していく。橙色に輝く灯りにゆっくりと瞼を開ければ、ぼんやりと見慣れた天井が視界に映った。
「――あっち、……」
まだぼんやりとする頭では今の状況を理解することも難しい。雛菊は働かない頭でどうにか状況を知るため身動ぐ。すると、優しい声が起きあがろうとした雛菊の動きを止めた。
「――気ぃついたか、雛菊」
「宗介さま……」
「まだ、寝てろ」
起き上がった肩を押し戻され、雛菊は天井を見上げる。
「あっち……、生きてやす」
「あぁ、生きてるな」
「宗介様に怪我がなくてようござりんした」
雛菊の言葉に宗介からの返答はなく、静かな沈黙だけが流れていく。目を覚ます前から握られていた手も未だ解ける気配はない。
布団脇に胡座をかき座る宗介をチラッと盗み見る。俯き畳を見つめる宗介の表情は、雛菊からは見えない。
どうやら、怒らせてしまったようだ。無茶をしないと約束した側から、死にかけていれば誰だって怒るだろう。しかし、後悔はしていない。
あの時、宗介を突き飛ばしていなければ間違いなく宗介に小刀は刺さっていたのだから。
「なぜ、助けた? あの時、俺を盾にしていたらおめぇが刺されることはなかった」
沈んだように暗い声が雛菊の耳に入る。その後悔を滲ませた声音に雛菊の心もまた痛い。
なぜ、あの時、宗介を助けたのか?
それは雛菊にもわからない。宗介を突き飛ばしたのは咄嗟の行動だった。あの時の雛菊に後々の事を考える余裕はなかった。
ただ言えるのは、宗介に死んで欲しくなかった。自分がどうなろうと、宗介を死なせたくはなかったと、言うことだけだ。
「なんででしょうね。あっちにも、わかりんせん。宗介さまには振り回されている覚えしかありんせんのに」
「はは、そうさな。無理矢理、馴染みになって、宣伝に利用して、終いには命まで助けられた。おめぇにとっては疫病神だろうにな。あの時、見捨てていれば、疫病神ともおさらば出来たのによ」
「そうさね。見捨てていたら疫病神ともおさらば出来んした。 ――でも、後悔はしてござりんせん。宗介さまを助けたこと」
「そうか……」
そう言ったっきり言葉を発しなくなった宗介を見遣り、雛菊もまた彼から視線を外す。
行燈の火に誘われ、横を向けばゆらゆらと揺れる灯火に、心もゆれる。
障子にうつる二つの影が一つに重なった時、横たわった宗介に背後から抱き込まれていた。
「……すまねぇ、雛菊」
絞り出すように紡がれた言葉は涙声だった。腰を抱く宗介の手に手を重ね、きゅっと握る。そこから伝わる温もりこそ、二人が生きている何よりの証しだった。
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