重なり合う

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「へぇ〜、帯に小刀が」 「雛菊、おめぇ……、なんて緊張感のねぇ」  翌朝、部屋へと運ばれた朝食(あさげ)を宗介と二人食べている時だった。昨晩の酒宴の顛末を宗介から聞いていた雛菊は、己の運の良さに感嘆の声をもらした。どうやら雛菊は、幾重にも重なった帯の厚みに助けられたらしい。小刀の刃先は、帯を貫通したものの、小袖を切り裂くことなく止まっていたという。刺された衝撃で気を失ったが、雛菊の身体には傷一つ付いていなかった。 (毎日、お稲荷さまにお詣りしているから、そのご加護かねぇ)  心の中で狐の石像に手を合わせ『油揚げでも、差し入れようか』と考えていた雛菊の耳に不機嫌そうな宗介の声が入る。 「おめぇは、向こう見ずなとこがあんだよ! 度胸があんのは悪りぃことじゃねぇが……、あぁ、ちくしょう!!」  ふんっとそっぽを向き、ご飯をかき込む宗介の粗野な姿に雛菊の心がほっこりする。 (これが本当の宗介さまの姿でありんすかねぇ)  いつもは宗介の手練手管に振り回されている感が否めないが、今日は雛菊が主導権を握っているようで気分がいい。そっぽを向いたまま、食事を続ける宗介を見ながら笑みを浮かべた雛菊は、ふと思う。 (そう言えば、あっちの気が強いところが気に入ったとかなんとか言ってやしたねぇ)  雛菊は、宗介と初めて相対した酒宴の席を思い出し、眉間に皺を寄せる。 (まさか、酒を浴びせたから好きになったとか、言わないわよね?) 「宗介さま、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」 「はっ? 何でい?」 「宗介さまは、なしてあっちを気に入ってくれんしょうした? 宗介さまとの接点は、あの宴席までありんせんした。あっちが酒を浴びせた、あの宴席までは……、まさか!? 酒を浴びせたから――――」 「馬鹿言うな、雛菊! 俺はそんな柔な男じゃねぇ。女に主導権握られて喜ぶ助平と一緒にすんな!」  とうとう、雛菊に背を向けてしまった宗介を見てくすくす笑う。そんな笑い声が聞こえたのか聞こえなかったのか、茶碗の上に箸を置いた宗介がぼそっと言った。 「おめぇと、初めて会ったのはあの宴席じゃねぇよ」 「えっ? あの時じゃない?」 「あぁ、あの時じゃねぇ。もっと前、まだお互いに若かった頃さ」  障子窓からは抜けるような青空が見え、そんな青空を見上げた宗介の目が、何かを懐かしむように細められた。 「おめぇと、出会ったのも……、こんな真っ青な空の下だったな」  ぼそっと独り言のように呟かれた言葉に雛菊の心臓が大きく跳ねる。 (幼き頃……、青空……、ざんばら髪の……)  頭に浮かんだ突拍子もない考えに雛菊は頭をふる。 (あの人は、銀さん……、銀さんなんだから……)  
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