百花繚乱、ここは吉原

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(あんな男、関わるのも嫌でありんす)  雛菊は、宗介との初対面を思い出し、嫌な気分になる。  数日前に、引手茶屋を貸し切って行われた宴会。吉原へと、毎夜多くの金を落としていく旦那衆そろい踏みの大宴会に呼ばれた雛菊は、その宴席であの男に絡まれたのだ。  宗介は、あろうことか初対面の雛菊を、己の隣に座らせ、酌をさせた。  酒宴の席では、花魁は旦那衆より立場は上。上座へと座り、遊びに興じる旦那衆と芸者のやり取りを高みの見物ときめ込めばいい。  初対面の旦那とは、会話すら交わさない。  しかし宗介は、そんな慣習などないと言わんばかりに、初対面の雛菊を上座から下ろし、酌をさせるという暴挙に出た。  本来であれば、そんな無礼許されない。しかし、それが許されてしまうほどの地位と財力を持ち合わせている男こそ、越後屋の若旦那、宗介だった。傍若無人な振る舞いに、歯向かう花魁など今までいなかったのだろう。  勝ち誇ったような笑みを浮かべ、肩を引き寄せられた時、雛菊の堪忍袋の緒が切れた。徳利に入った酒を浴びせた時の唖然とした宗介の顔に、溜飲を下げた雛菊だったが、相手が悪かった。 『馴染み』にもなっていない花魁の身請け話など前代未聞だ。とんだ男に目をつけられてしまったと後悔しても、己の行いを無かったことには出来ない。 「確かになぁ、あの宗介様のことだ。ただの気まぐれかと思うが、無碍にも出来ん。身請け話は雛菊、お前の気持ち次第だ。ただな、簡単に断ることも出来ない。言っていることがわかるな?」 「あい、先に喧嘩を売ったのがあちらさんでも、それを買ってしまったのは、あちきでありんす。覚悟はできてやす。何をやればようござりんすか?」 「今夜、引手茶屋『奥の屋』へ雛菊、お前を呼びたいとの申し出があった。宴席は二人だけとのことだ」 「なっ!? それでは、主さんは『馴染み』の盃を交わすことが目的でありんすか?」 「だろうな。奥の屋の主人から、最上級の部屋を今夜、用意してくれと」  楼主の言葉に、雛菊は息をのむ。『馴染み』となれば、床入りも可能となる。 『春』を売らない花魁を手に入れたとなれば、宗介の吉原での評判は、ますます稀有なものになる。目立ってなんぼの吉原旦那衆とは、よく言ったものだ。  悪評だろうとなんだろうと、注目を集めたものが覇者となる遊郭は、男であろうと、女であろうと同じ穴の(むじな)。  雛菊の中の闘争本能が燃え上がる。 「おっとさん、売られた喧嘩は買わせていただきんす。ただ、雛菊花魁、主さんの思い通りにはなりんせん。女の意地、お見せいたしんす」  楼主に深々と頭を下げ、立ち上がった雛菊は、着物の裾をひるがえし自室へと向かった。
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