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覚悟
刃傷事件の翌朝、雛菊は宗介を見送ると、ある目的のため遣り手の部屋を訪ねた。
昨晩の宴席へと菊花をあげたのは、いったい誰なのか?
この疑問を解決しなければ、花魁としての雛菊の立つ瀬がない。場合によっては、監督不行き届きとして妹花魁共々、降格もあり得るのだ。
しかも昨晩の酒宴の席には刃物が持ち込まれていた。刃物の持ち込みを厳しく制限、監視しているはずの引き手茶屋で起こった刃傷事件。客ではなく内部に協力者がいた可能性は高い。雛菊の命を狙った誰かが、内部に居たという証拠でもある。
あの刃傷事件を計画した主犯は、宗介が探している。しかし、女の勘が、この事件が単純なものではないと訴えていた。
もし万が一、あの男に刃物を渡したのが玉屋の誰か――、いいや、雛菊の身近にいる者であったなら、落とし前は自分でつけなければならない。
「遣り手、はいりんすよ」
声をかけ襖を開ければ、雛菊とは視線を合わせず、繕い物を続ける遣り手の姿が見えた。
「ど、どうなすったんだい。雛菊花魁」
「いやねぇ、昨晩の酒宴のことで、ちょっと聞きたいんす。菊花のことをね」
『菊花』の名に針を持った遣り手の手がわずかに震える。明らかに動揺を見せる遣り手に、雛菊は優しく問いかけた。
「宴席に菊花を揚げたのは誰でありんす?」
恐ろしくも優美な猫撫で声に、耐えかねたのか遣り手が畳に額を擦りつけ半狂乱に叫んだ。
「すまねぇ、すまねぇ!! 断りきれなかったんだ! 菊花が泣いて頼むから……、すまねぇ」
「そうかい……。 遣り手、菊花を連れて来ておくんなんし」
雛菊の言葉に、足元の台を蹴倒し立ち上がった遣り手が駆けていく。誰も居なくなった部屋で一人、これからやらねばならぬことを思い、雛菊は大きなため息を吐き出した。
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