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過酷な日々の中での一時の休息。いつものように、神社のお堂の裏手へと周り、濡れ縁へと腰掛ける。なんとはなしに、空を見上げれば、抜けるような青空が広がっていた。
どこまでも続く青。なんの柵もなく、永遠と続く自由な世界が広がっている。
(わっちが、鳥だったら、あの自由な空へと飛び立てるのに……、自由な空へと)
死ねば、楽になれるのかな。あんな、地獄……、もう嫌だ……
手元を見れば、鉛色に光る銀の簪が目に入る。冷たい感触を小さな手へと伝える簪が、絶望に支配された心を救う最後の希望のようにさえ感じる。
きっと、菊代姉さんは許してくれる。
地獄のような楼閣の中で、唯一自分の味方となり、何度も庇ってくれた菊代姉さん。今日も、お遣いと称して、楼閣から逃がしてくれた。
これも天のお導きなのだろう。
(たった、ひと突きで、自由になれる)
簪をぎゅっと握り、天を向く。目をつぶれば、涙がこぼれ、頬を伝って落ちていく。
「菊代姉さん、ごめんなさい。さよなら……」
簪を持った手が動き、肉を切り裂く。しかし、待ち望んだ瞬間が訪れることはなかった。
誰かにつかまれた腕が、強い力で引かれ、その反動で宙を舞った簪がカランっと小さな音をたて地面へと転がる。
「えっ……」
「てめぇ、何やってんだ!!」
突然目の前に現れたざんばら髪の男の存在に、驚きのあまり声が出ない。確かに、自分は簪で喉を突いたはずだ。なのに、生きている。そして、目の前で、自分を怒鳴る、男の存在。
状況がつかめずに、焦りだけが募っていく。
確かに、肉を突き刺した感触があった。それなのに、生きている。
唖然と男を見つめた時だった。地面へポタポタと落ちる赤い跡。それを辿った先に見た光景に、息を飲んだ。
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