161人が本棚に入れています
本棚に追加
「うそ……、手が、手が……」
男の指先を伝い、ポタポタと落ちる血に、やっと自分の置かれた状況を理解した。慌てて、血が滴る手をつかみ、傷口を抑えるが、一向に血が止まる気配はない。
「どうしよう、どうしよう。わっちのせいで!」
「あぁ、気にすんな。てぇしたこと、ねぇから」
「でも、血が止まらない」
傷口を抑える手も血塗れて赤く染まり、男の言葉通りには到底見えない。
(どうしたらいい? どうしたら、血は止まるの?)
どうすることも出来ない不甲斐ない自分に腹が立ち、涙があふれる。滲む視界に、焦りだけが募り、頭はますます混乱していく。
「そんなに、泣くなって。お前、手拭い持っているか?」
「手拭い?」
「あぁ、それを数枚重ねて、強く巻けば血は止まる。俺の着物の帯にかけてある手拭いも使え」
男の指示に従い、必死で震える手を動かす。手拭いを折り重ね傷口を塞ぐように置き、割いた手拭いを幾重にも巻きつけキツく縛る。
痛みが走ったのか一瞬苦悶の表情を浮かべた男だったが、次の瞬間には安心させるかのように、笑みを浮かべてくれる。
「痛かったよね。ごめんなさい」
「いいや、てぇしたことねぇから、気にすんな」
笑いながら、頭をポンポンと優しく叩くから、その慰めるような仕草に、ますます涙は止まらなくなった。
「あぁぁ、もう泣くなって。どうすりゃ、いいんだよ。吉原の女の扱いなんて知らねぇのに。仕方ねぇなぁ」
キュッと肩を抱かれ、引き寄せられる。
「吉原の女が、簡単に涙なんか見せんな。ただ、これなら、いくら泣いたって顔は見れねぇ。泣いたうちに、はいんねぇ。だから、好きなだけ泣け」
『吉原遊女の涙は、金子の涙。男に馬鹿な夢を見させるためだけに、泣くもんさ』
いつだったか菊代姉さんが言っていた。遊女は簡単に涙を流すもんじゃない。ここぞという時にしか、見せない。だからこそ、男は虜になるのだと。
事情も聞かず、胸を貸してくれる男の優しさに、荒んだ心がわずかに癒える。
次から次へと流れていく涙が、着物の布地に吸い取られ消えていった。
最初のコメントを投稿しよう!