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好きな人がいる。
小学校の四年生からもうずっとその人のことを想っている。幼なじみの優しい人で、年下の俺を子ども扱いしながら、ちゃんと男子としても見てくれた。俺たちの距離が一番近づいたのは、俺が中一の時だった。
『お前らっ。歩に指一本触れんじゃねえぞ!』
少年漫画の主人公みたいな台詞で俺は背中に歩を庇った。二人連れの高校生が俺を見下ろしてニヤニヤしている。学校帰りに絡まれている歩を見つけて、俺は後先考えずに飛び出していた。
『威勢のいいチビだな。ガキは引っ込んでろよ』
『うるせえ。力ずくで女をモノにしようなんて恥を知れっ』
『君たち。何を騒いでるんだ』
制服姿の警官が近づいてくる。
『やっべ。行くぞ』
二人は呆気なく逃げ出した。歩が警官に会釈して、俺たちもそこから離れた。
『夏くん。ありがとう』
『いや。警官のおかげだろ』
『あのお巡りさん、夏くんが来てくれるまでずっと見てるだけだったんだよ』
まだ少し震える手で、歩は俺の制服のシャツを掴んだ。童顔の彼女は、俺とそう歳が変わらないように見える。
『てか、大学生のくせに高校生のガキにナンパされてんじゃねーよ』
ちょっと変な興奮が残ってて、思わず乱暴な口調になる。へへっと歩は肩を竦めた。
『でも、夏くんが助けてくれた。すごくカッコよかったよ』
『…そう?』
歩はにこっと笑った。その笑顔を守るためなら、何でもしてやりたいと思った。
彼女は去年、結婚した。
俺は歩より七つも年下の大学生で、まだ十九になったばかりだった。過去に一度だけ、彼女も俺を好きだと言ってくれたけど、気持ちだけで覆せるほど大人の事情は甘くなかった。ただ、このまま好きな人を奪われるのは我慢できなくて、彼女に告げた。
『俺、今でも歩のこと好きだ』
『ありがとう、夏くん。嬉しいよ』
歩はそう言って微笑んで、でもやっぱり俺を残して嫁いで行った。
彼女の不安や悩みは俺には癒やせない。金も地位もなく、あるのは行き場のない情熱だけ。俺が世間並みに彼女を幸せに出来るまでは、だいぶ待たせることになる。
いや、出来るかどうかさえーー
これでよかったんだ
そう自分に言い聞かせた。
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