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『僕はずっと、君に触れるのを堪えてたのに』
一途だったはずの想いはそれを境に歪んでいった。彼は未成年の俺を誘惑したと言って歩を責めた。純粋な彼女にとって、その言葉はかなりの衝撃だったと思う。歩は罪悪感から彼に逆らえなくなり、求められるままに結婚も受け入れた。
「その時はまだ優しかったんだよ。今年になってからかな。私の気持ちが彼にないってことがバレちゃったんだ」
一緒に暮らしてると、隠しきれないね。
歩が寂しそうに呟いた。
「法に触れても夏くんを選べばよかった」
「もう言うな。お前が苦しんだのも俺を守ってくれたのも、ちゃんとわかってるから」
「怖かった。好きだって気持ちが、自分の大切な人を傷つけることになるなんて」
歩が俺のシャツをぎゅっと掴む。
俺もそうだ。本気ではあったけど、あの軽はずみなキスがこんなにも歩を追い詰めていたなんて、想像もつかなかった。その一方で、傷つきながらも俺を守ってくれた彼女に、性懲りも無く愛おしさが募る。
気持ちのままに歩の頬に手を触れて鼻先を近づけると、彼女の掌が俺の口を塞いだ。
ちぇ…
「ダメだって」
「わかってるよ。気持ち伝えたかっただけ」
「私が帰ってくるまで待ってて。今までの分も抱きしめて、もう離さないでいっぱいキスして」
晴れ晴れとした歩の笑顔と甘えるような約束に、俺も解放された気分だった。そして、同時に込み上げてきた想いに大きなため息が出る。
「…どうしたの」
「そんなこと言われたら、余計に今すぐキスしたくなる」
歩が困ったように、へにゃりと笑う。
ずいぶんと遠回りしてしまった。心の拠り所になるしか今の俺には出来ない。それでも歩が笑ってくれるなら、彼女の『ただいま』が聞けるなら悪い気はしない。
「夏くん。私を好きになってくれてありがとう」
まだ涙目のまま笑うその顔に、俺は昔から弱い。
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