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「夏くん。久しぶりだね」
だけど、夏休みに里帰りしてきた歩の顔を見たら、その考えがあまりにも短絡的であることを思い知らされた。俺たちはあの時からちっとも変わってなかった。お互いへの想いを燻らせたまま、歳をとったに過ぎなかった。
「…おう。一年ぶり」
「元気?」
「まあね」
探り合いみたいな短いやり取りのあと、歩は笑顔を見せた。綺麗にメイクしていたけど、表情は硝子みたいに張り詰めていた。俺を無視することだって出来たのにと思うと、声をかけてきた歩の気持ちが嫌でも伝わってくる。
「どこ行くの」
「買い物頼まれて、大通りのスーパー。今夜はカレーなのにルウがなかったんだと」
「それは責任重大だね。私も手伝おうか」
そう言って歩は俺と並んで歩き出した。思いがけない展開に鼓動が逸り始める。他の女の子には決して抱かないその感情に、戸惑いと嬉しさが綯い交ぜになった。
真夏の午後の温い空気がまだ残っている。歩は丈の長いワンピースに、薄手のカーディガンを羽織っていた。
「暑くねえの」
「日焼け防止と冷房対策。女子の必須アイテムだよ」
初めて目にするショートボブは、細いうなじと相まって、幼かった彼女をひどく女らしく見せていた。結婚するって、誰かのものになるってこんなに変わってしまうんだろうか。久しぶりに会ったせいで、俺は彼女の色気に当てられそうだった。
「夏くん、また背が伸びたね」
「もう年齢差なんて感じないだろ」
「そうだね。でも、やっぱり私の中じゃ、夏くんは中学生のままなんだよね」
「マジかよ。いつまでガキ扱い? 俺もう二十歳だよ」
「そっか。ごめん、ごめん」
あ
今の顔とか昔っぽい
まだ無邪気だった頃の笑顔が不意に重なった。もうずいぶん長い間、この人の本当の気持ちを聞けていない。歩の笑顔が曇りだしてから、ずっとだ。俺は話を合わせながら少しずつ記憶を辿った。
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