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彼女が明らかに変わったのは、新学期が始まって少し経った頃だった。笑顔を向けてはくれるものの、どこかよそよそしい。嫌われたのかと思ったが、それとも少し違う気がした。寂しげに微笑む表情からは何も読み取れなくて、訳を聞くのもためらいを覚えてしまうほどだった。
ある日、やっと意を決して尋ねてみた。
『俺のこと、嫌いになったの』
もう少しマシなことを言いたかったけど、この春までランドセルを背負っていた俺にはそれが精いっぱいだった。
『ううん。大好きだよ』
歩はすぐにそう答えたが、表情は浮かないままだ。
『じゃあ、他にもっと好きな奴とかいるの』
今度は少し間が空いた。
『そうじゃ、ないけど。そういうことになるのかも』
『付き合うの。そいつと』
『わかんない。でもそうして欲しいって言われたの』
嫌われたわけじゃないと知って、ほっとしたのもつかの間だった。二人の間をかき乱す存在に俺は嫉妬した。
『何で俺じゃダメなの。子どもだから?』
『違うよ。あたしが悪いの。ごめんね』
こんなに好きなのに。
もうすぐ背丈だって追い越すのに。
手を伸ばせばすぐそこにいるのに手が届かない。
悔しくて俯く俺の両手を、歩がぎゅっと握りしめた。掌から体温が伝わってくる。彼女が嘘を言っているわけじゃないのもわかった。それなら、この持って行き場のない気持ちはどうしたらいいんだろう。俺がもっと大人だったら、歩も俺を選んでくれたんだろうか。俺も彼女を、強引に抱きしめることが出来たんだろうか。
『でも、あたしは二十歳で夏くんはまだ中学生でしょ』
『やっぱり歳の話になるんじゃないか』
『聞いて、夏くん。大人がね、未成年と恋愛関係になるのはとっても難しいことなんだって』
『…何、それ』
『大人は、未成年に対して気持ちのまま行動しちゃいけないの』
俺は花火大会の夜を思い出した。
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