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『俺の、せいなの?』  歩はかぶりを振った。 『あたしが止めなかったから。あたしも、夏くんのキスが嬉しかったから』 『じゃあ、あと七年待ってよ。それならいいんでしょ』  歩は潤んだ瞳で握る手に力を込めた。 『あたしは夏くんに触れたい。夏くんにも触れて欲しい。でも、こんなふうに考える自分を、すごくいやらしいって思っちゃうの』 『そんなら離れてる。俺が二十歳になるまで絶対歩には触れないから』 『それに夏くんの両親にも申し訳ないって思ってる。あたしを信じてくれてるのに、こんな裏切るような真似して』  確かに面倒見のいい歩は、周りの大人から信頼されていた。うちの両親も例外ではない。キスをしたのは俺の方なのに、それでも大人たちは歩の方が悪いって決めつけるのか。 『もしかしたら、気持ち悪いって思うかもしれない。そんな年の離れた人を好きになるなんて』  年上の異性に憧れるなんて、よくあることじゃないか。片方が想ってたら相手だって好きになってもおかしくない。キモチワルイなんて、歩が侮辱されたようで悲しくなった。 『そんなこと言うなよ。俺は嬉しかった』  この手を失いたくなかった。そのためだったら何でもしたかった。俺の言葉に歩は頑なに首を横に振り続けて、とうとう泣き出してしまった。掴まれた手首に温かい涙が落ちた。 『ごめんね。夏くん…』  世間で歳の差の恋愛と言えば、成人男性と未成年の女子の組み合わせが多いから、自分が守られる立場であることにピンと来なかった。歩を女性として意識しながら、ほんの一部の犯罪者まがいの奴らと同じ扱いを受けることにも納得がいかなかった。自分たちはそんな大人とは違う。根拠もなくそう信じていた。 今でもあの時どうすればよかったのか思いつかない。あの夜のキスは二人を大人にしたけど、その先へ進むには俺たちは臆病すぎた。俺は泣いてる歩を見たくなかったし、彼女を傷つけたくなかった。だけど、既に彼女は打ちのめされていて、少年だった俺には手に負えなかったのだ。 必要以上に近づかないように距離を置き、近くて遠いところから彼女の笑顔を見ていた。俺のいない世界での歩は、同世代の友人に囲まれて幸せそうに見えた。 ひと夏の淡い想い出は甘さと苦さを内包して、俺の心に(おり)となって沈んでいった。
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