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………………Side 響
「…あっ!次長…見えちゃいました…」
「ん?冬のボーナス30パーカットね?」
そりゃないっすよ…とうなだれる経営企画室のマネージャーの河本、明るくて裏表のない男だ。
琴音にメッセージを送ろうとして開いた携帯。
電源が入ると隠し撮りした琴音が俺に笑いかける…。
それを、河本が目ざとく見つけたのだ。
「…でも、すごく可愛いっすね。彼女…?婚約者、とか?」
あたりを見渡すと、ランチで入った蕎麦屋には、うちの社員がそこかしこにいる。
いくら河本が控えめに喋っても、聞き逃すまいと耳をそばだてているヤツは多くいるだろう。
それでも俺は気にせず言う。
…なんなら聞きたいヤツの耳にしっかり入るように。
「あぁ。最近再会できた、幼なじみ。10年以上の片思いがやっと実った…」
ええっ?とわかりやすく驚く河本が面白い。
「…10年以上、1人の人を思ってた?次長ほどのイケメンが?」
すげーと言いながら、俺の手から携帯を奪って、琴音の笑顔をしげしげと見つめた。
可愛い…とか、当たり前だろ。
でもそれ以上の褒め言葉はいらない。
…のに、河本のヤツ、いらん一言を口にした。
「色白っすね。清楚なのに…なんか見てるとヤバい気持ちに…」
俺は河本の手から携帯を取り返し「…死ね!」と呟いて会計に向かう。
慌てて追ってきた河本の分も払っておく。
「ごちそうさまです…」と頭を下げ、横に並んで歩きながら、河本が俺を見た。
「なんか、響次長ってホントなら雲の上の人なのに、こうして社員たちと交流してくれるの本当に嬉しいです」
河本の言葉に俺は笑顔になった。
俺には、武者小路グループ会長である父に、幼い頃から言われてきた言葉がある。
「企業は人で、できている」
その言葉に深く賛同しているからこそ、社員の中に入ることをためらわない。
働いてくれる人がいなければ、企業は成り立たない。何より人を大事にしろ…という、父の教えだった。
よからぬ思いを持って近づいてくる者がいるのも心得ているが、俺は社員の中に入ることが、わりと心地いいのだ。
「…よかったですね!10年以上の思いが実って!」
河本の言葉に笑顔になる。
「まぁな。今の一番の原動力…!」
…そこへ、秘書がこちらに向かってせわしなく歩いてくるのが見えた。
すると河本は頭を下げてその場から立ち去り、変わって秘書が近づいて言った。
「響次長…浅野様が、お見えになりました」
もうすぐ戻るのは時間を見ればわかるのに。
わざわざ言いに来るこの秘書、何度言っても勘違いをやめない山科美久、35歳。
「わかりました」
立ち止まって言う俺が歩き出さないのを見て、しびれを切らしたように来た道を戻っていく。
しばらく先に行ったのを見届けて、やっと歩き出す俺。
見られているのを意識してるようで、腰をブリブリ振るのはどうにかならないか…。
…それにしても、浅野とは。
オフィスに戻るのが嫌になる。
ただこちらは…山科と違って、もう一度ハッキリ伝えなければ、わかってくれないことがあるようだ…。
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