6.事件の予感

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………………Side 響 「…あっ!次長…見えちゃいました…」 「ん?冬のボーナス30パーカットね?」 そりゃないっすよ…とうなだれる経営企画室のマネージャーの河本、明るくて裏表のない男だ。 琴音にメッセージを送ろうとして開いた携帯。 電源が入ると隠し撮りした琴音が俺に笑いかける…。 それを、河本が目ざとく見つけたのだ。 「…でも、すごく可愛いっすね。彼女…?婚約者、とか?」 あたりを見渡すと、ランチで入った蕎麦屋には、うちの社員がそこかしこにいる。 いくら河本が控えめに喋っても、聞き逃すまいと耳をそばだてているヤツは多くいるだろう。 それでも俺は気にせず言う。 …なんなら聞きたいヤツの耳にしっかり入るように。 「あぁ。最近再会できた、幼なじみ。10年以上の片思いがやっと実った…」 ええっ?とわかりやすく驚く河本が面白い。 「…10年以上、1人の人を思ってた?次長ほどのイケメンが?」 すげーと言いながら、俺の手から携帯を奪って、琴音の笑顔をしげしげと見つめた。 可愛い…とか、当たり前だろ。 でもそれ以上の褒め言葉はいらない。 …のに、河本のヤツ、いらん一言を口にした。 「色白っすね。清楚なのに…なんか見てるとヤバい気持ちに…」 俺は河本の手から携帯を取り返し「…死ね!」と呟いて会計に向かう。 慌てて追ってきた河本の分も払っておく。 「ごちそうさまです…」と頭を下げ、横に並んで歩きながら、河本が俺を見た。 「なんか、響次長ってホントなら雲の上の人なのに、こうして社員たちと交流してくれるの本当に嬉しいです」 河本の言葉に俺は笑顔になった。 俺には、武者小路グループ会長である父に、幼い頃から言われてきた言葉がある。 「企業は人で、できている」 その言葉に深く賛同しているからこそ、社員の中に入ることをためらわない。 働いてくれる人がいなければ、企業は成り立たない。何より人を大事にしろ…という、父の教えだった。 よからぬ思いを持って近づいてくる者がいるのも心得ているが、俺は社員の中に入ることが、わりと心地いいのだ。 「…よかったですね!10年以上の思いが実って!」 河本の言葉に笑顔になる。 「まぁな。今の一番の原動力…!」 …そこへ、秘書がこちらに向かってせわしなく歩いてくるのが見えた。 すると河本は頭を下げてその場から立ち去り、変わって秘書が近づいて言った。 「響次長…浅野様が、お見えになりました」 もうすぐ戻るのは時間を見ればわかるのに。 わざわざ言いに来るこの秘書、何度言っても勘違いをやめない山科美久、35歳。 「わかりました」 立ち止まって言う俺が歩き出さないのを見て、しびれを切らしたように来た道を戻っていく。 しばらく先に行ったのを見届けて、やっと歩き出す俺。 見られているのを意識してるようで、腰をブリブリ振るのはどうにかならないか…。 …それにしても、浅野とは。 オフィスに戻るのが嫌になる。 ただこちらは…山科と違って、もう一度ハッキリ伝えなければ、わかってくれないことがあるようだ…。
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