1.捕獲…?

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…記憶が鮮明に蘇った… 夏休みの公園。数人集まって川に行った。 草木をかき分けて…現れた水面。 透明で、ちゃんと底が見えた。 小さい魚が泳いでて…踏み潰してしまいそうで足を入れるのが怖かった。 そして…先に川に入った男の子に言った。 『…怖いよ…私もう帰る…』 男の子は逃げ出そうとする私の手を取って言った。 『…1人で帰れないだろ。年下なんだから、俺のやることに従え』 男の子は確か…響。 私よりずっと背が高かった。 武者小路、響…。 嘘だ…あの時の、響? 「…思い出したか?石塚琴音」 私のフルネームを呼ぶ顔は、あの頃よりさらに優雅で冷静。そして…強引。 「バイトは終わり。後はこの美人のお姉さんに任せて…」 私に言いながら、バイト仲間に優しく微笑むと、催眠術にかかったみたいに私の荷物を持ってきてくれた。 「…行くぞ」 肩を抱かれた途端香るかすかな香水は…あの頃の響からは考えられないほど大人っぽくて。 驚いて見上げる私を見おろした瞳は…焦るほど大人の男のそれだった。 ………… 「…ちょっと待って。なに?車?」 カフェを出ると目の前に黒塗りの車。 世の中のことを知らない女子大生の私でもわかる。 …これ、とんでもない高級車だ。 だって、胴体が長い車なんだもん。 「いいから乗れ。時間がない」 助手席からスーツ姿の男性が降りてきて、響の歩くスピードに合わせるように後部座席のドアを開けた。 「いや…っなにこれ!」 「変な声あげんなバカ」 「だってソファになってる…」 L字型のソファの短い方に悠然と腰掛けて…響は長い足を見せびらかすように組んだ。 「これは…お前を驚かそうとして乗ってきただけだから」 「えぇっ?私は今日、はじめから捕獲される予定だったの?」 「…まぁな。だってお前、ぜんっぜん気づかねぇんだもん」 …気づくはずない。 あの頃はもっと華奢で、背は高かったけど、憧れちゃうくらい綺麗だった。 それがこんな男の人になってるなんて、想像もつかない。 「…バイト女子、みんな噂してたよ。響のこと」 「…でしょうね」 ふふん…と不敵に笑う笑顔が妖艶で、10年前、最後に会った時とはまったくちがうことに気づく。
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