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私が全力で走ったって、響の長い足が走り出せば、追いつかれないはずはなくて。
「待てよ…っ」
肩を掴まれ、響は私を振り向かせた。
「ごめん…邪魔した…。あんまり人のラブシーン見たことなくて、動揺しちゃっただけで…」
響は私を広い胸に閉じ込め、ギュッと抱きしめた。
「ごめん、変なもの見せた…油断してた」
抱きしめられた響から、嗅ぎなれない香水が、かすかに香る。
その瞬間、頬がカッと熱くなって、全力で響の胸を押した。
「女の人の香水の匂いがする…」
え…?と怪訝な顔をする響。
「…わ、私のこと好きって言ってたけど、じゃあ、さっきの女の人は…?」
「違う。あれは、別れた人で…」
「知らない香水!嫌い!響…嫌いっ!」
一瞬緩んだ腕をすり抜け、私は一目散に駆け出した。
遅くなったのは、あの女の人と会ってたから…
スーツに香りが移るほど、近くにいたの…?
自分でも驚くほどそれが嫌で、悔しくて悲しくて、どうにもならなくて…ひたすら響から離れたくて走った。
………………
「…琴音?」
「ごめん。別れたばっかりなのに…でも行くとこなくてさ」
真莉ちゃんは1人暮らし。
はぁー…なんてため息を吐かれれば、ひどく申し訳ない気持になる。
「今日だけ。キッチンのすみ…じゃなくて、ここでいい。…で、朝になったら出ていくから…」
眉を寄せて難しい顔をしてる意味は、いくら私でもわかる。
友達とはいえ、やっぱり性別の違いで…踏み込んではいけない場所があるってこと。
私は今、ルール違反をしてる。
ちょっと待って…と言って一度部屋の奥に消えた真莉ちゃん。
「いいよ。上がって」
次に顔を出した真莉ちゃんは、頑なに遠慮する私を、リビングに招き入れてくれた。
「ここに泊まるとなったら、響さん、裏切られたと思うだろうな。
たとえ俺たちに何もなくても…」
それでもいいの?って聞かれてるみたい。
「…でも、響と2人でいられなかった…」
自分でも意外なほど簡単に涙が溢れてきて焦る…
詳しい理由はまだ話してないうちからこんなんじゃ、真莉ちゃん困るよなって思いながら、涙が止まらない。
後から後から…記憶がよみがえる…
知らない女の人に抱きつかれた響…
キスしてる響…
もしかしたら、あの女の人がセフレってやつなのかもしれない。
それとも…元カノ?
どちらにしても、私なんて足元にも及ばないような…大人の女の人だった。
「…私なんか、なにも知らない子供で…なんか情けなくて…」
面倒くさがらないで、恋ってやつをもっと経験しておけばよかった。
「もっと、男の人を知ってれば…こんな風に悲しくならないでいられたのかな?
女の人とのラブシーンを見ても、しょうがないなぁ…って思えたのかな…」
そう言ってみれば、真莉ちゃんはだいたい何があったのか、わかってくれたみたいだ。
「じゃあさ、琴音も、違う男に触れたらいいじゃん?」
え…?
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