二十六 それからの日常

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 その翌週、清は予定どおり萬葉町へとやって来た。今日はカノと、約束の同伴デートである。買い物デートは久し振りなので、なんとなくワクワクしていた。 (楽しみだなー。カノくんに似合う服見ても良いし。あ、カノくんが使ってる香水欲しいんだよな。枕にかけて寝たいんだよね)  清は香水の類いは使っていない。なんなら柔軟剤も使っていない。寮に備え付けの業務用石鹸や洗剤の雑な香りである。とはいえ、香水の薫りが嫌いなわけではない。特に、カノの匂いは好きだ。最近はあの薫りに抱き締められているお蔭で、匂いを嗅ぐとドキドキしてしまう。  そんなカノの薫りを枕に振りかけたら、毎日添い寝してる気分になれるんじゃないか。というやつである。抱き枕にかけても良い。  そんな妄想を膨らませながらカノを待っていると、人混みの中から一際眩い人物がやって来る。見慣れた金髪に、清はむにゅと頬を緩めた。 「カノくんっ」 「おー。待った?」 「全然。ハァー、やっぱカッコよ」  溜め息を吐く清に、カノがニマリと笑う。カノは、清に褒められるのが好きなようだ。清もカノを褒めるのが好きなので丁度良い。 「で、どこか行きたいところあるの?」  促され、歩きながら行きたい場所を伝える。こうして並んで歩くとき、清とカノはくっつきそうなくらい距離が近い。誰が見ても、デートだと思う距離だ。 「香水みたいなーって。カノくんと同じの欲しい」 「ふーん。でもアレ、ここ辺に店ないよ」 「ええっ!? そ、そっかぁ……」  衝撃の事実に、ガッカリして項垂れる。売っている店がないとは、思ってもいなかった。 「じゃあ、今日はうち来なよ。買い置きあるから、それやるし」 「ええっ、良いの?」 「良いよ。清にプレゼントしたいしさ。まあ、他にもプレゼントしたいものがあるんだけど」 「えっ……。な、なに?」  カノからのプレゼントなんて、嬉しいに決まっている。なんだろうかと、ソワソワしてカノを見上げる。 「まあ、お楽しみってことで。さっそく買いに行こうか?」 「うんっ♥」    ◆   ◆   ◆ 「あの、カノくん……? ここ……」 「入り口に立ってると迷惑だから。入るぞ」 「あっ、ちょっと待って!」  カノを追いかけ、慌てて中へと入る。目に飛び込んできた光景に、清は顔をひきつらせた。  ここは萬葉町にある、バラエティショップである。外から中が覗けないようになっている構造と、怪しい文言の看板。看板にはデカデカと『大人のおもちゃ♥』『各種アダルトグッズあります』と書かれている。入り口付近には需要が多いのか、テンガやオナホなど薬局でも買えるようなライトな商品が。少し進むとペラペラのコスプレ衣装などが置かれている。パーティーグッズとしての需要もあるようだ。 (うはー、初めて入った)  初めて入ってみたが、思ったよりも普通だ。今まで興味はあったのだが、勇気がなくて入ったことがなかった。学生時代ならノリで入れたかも知れないが、幸か不幸か、清の地元には近くにそういう店がなかった。店内は、ドンキみたいな雰囲気がある。ごちゃごちゃしていて、なんだか面白い。エロいという感覚よりも、好奇心が先に立った。 「思ったより、普通ね?」 「そりゃ、こういうのは話題用だったりだろ。そもそも、セックスはコミュニケーションだし」 「あ、うん」  カノがセックスをコミュニケーションだと言いきるのが、少し意外だ。性欲を発散しているわけではなかったのか。 (あれ? じゃあ、なんで俺と?)  密かな疑問が浮かぶが、考えても解りそうにない。  棚に置かれている商品に、カノが手を伸ばす。この辺りの商品は、バイブ類だ。 「あ、あの、カノくん?」 「清さぁ、全然、平日一人で弄ってないだろ」 「えっ?」  カノの口調に、ビクッと肩を揺らす。  週末あれだけヤっておいて、平日ヤりたいかと聞かれれば、清はそうではない。まして、一人でする時にアナルを弄ることはないだろう。 「週末に拡張してもさぁ、翌週には戻っちゃうんだよ。全然、オレの入らないじゃん」 「い、いや、入ってるだろっ? それに、アレ以上入らないって! 奥届いてるもん!」  言いながら、奥を虐められる感触を思い出し、ぞくんとする。カノは執拗に、結腸口を突くので、嫌でも奥まで入っているのが解ってしまうのだ。  反論しながら、清はふと、ここに来た目的について想いを馳せる。大人のおもちゃ屋に来て、バイブのコーナーを眺める理由が、他にあるのか。 「――もしかして、ソレ、俺に使おうとしてる?」 「逆に、誰に使うと思ってんだよ」 「――イヤイヤイヤ! おおお、おかしい! おかしいよ!」 「店で騒ぐなよ。清」 「うぐぐぅ……。いや、カノくん、ちょっと……」 (その凶悪な棒(笑)を、俺の穴に入れようと? いや、カノくんの入ってる時点で、入るとは思うけども)  そういう問題じゃないのだ。清はゲイじゃない。アナルでセックスするのは、相手がカノだからだ。別にアナニーが好きなわけでもない。最近は気持ちいいのも知ってしまったが、好き好んで尻の穴をいじくり回したいわけではないのだ。 「コレあたり良さそう。大きさも」 「いいい、要らないよ? 俺、使わないよ?」 「アナルパールも付けるか」 「カノくんっ! 初プレゼントがソレは嫌だよ!」  しがみついて抗議するが、カノは無視してバイブを物色する。どうやら、購入は決定事項らしい。 「だからさぁ、清のケツ拡張しねぇと、オレのが入らねえって言ってんだろ。毎回、どんだけ苦労してると思ってんだよ」 「いや、それは、そう、だけど」  とはいえ、最初よりはスムーズに挿入できていると思う。最も、カノが大変と言うなら、申し訳ないのだが。 「それに、オレのプレゼントなら、使うよな?」 「えっ」 「もちろん、使うよな♥」 「は、はいぃ……」  笑顔の圧力に、清は反射的に頷く。結局、カノは清にバイブ二本とアナルパール一本を買って、プレゼントしてきたのだった。
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