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三十二 バックヤードトーク2
きらびやかなシャンデリア。高級感のある革のソファ。シックで落ち着いた雰囲気の店内は、男性的ながらも女性を受け入れる空間として、うまく調和している。
ホストクラブ『ブラックバード』。萬葉町にある人気のクラブであるこの店のバックヤードで、酒類の注文伝票に目を通していたカノに、男が近づいてきた。
「よー、カノ。お前最近、売り上げ落ちてるぞ?」
「ああ? なんか文句あんのかよ、ユウヤ」
ユウヤはこの『ブラックバード』の支配人である。幹部メンバーであり、カノとも古くから交流がある。
「大体、売り上げなんかどうでも良いくせに」
「おいおいカノきゅん。どうでも良いなんてことはないぞ?」
「ざけんなキモい」
ユウヤをあしらいつつ、納品された酒と伝票を確認していく。こういう仕事は、ユウヤには向いていない。大抵はカノかアキラの担当だ。北斗なども、どんぶり勘定なので向いていない。いい加減下っ端に任せたかったが、幹部メンバーでの下っ端はカノのままだ。十代から一緒の彼らにとって、カノは未だに若いイメージなのだろう。
売り上げがどうでも良いというのは、カノだけの話ではない。既にヤクザのフロント企業から外れているこの店で、強引な商売など必要としていなかった。普通の企業ならば前年比プラスを目標に、延々と利益を求めるのが正しい姿なのだろう。だがここの経営陣は、商売を目的としていない。帰る場所が欲しかっただけの、クソガキどもの溜まり場だ。
「んで? まだ通ってんの? あのブサイクちゃん」
「……関係ねぇだろ」
ブサイク。の言葉に、ムッとしながら、過るのは清の顔だった。ツリ目で三白眼、ソバカス顔の、愛嬌のある顔。特徴的な容姿は、既にカノにとっては親しみのある顔だ。他人にどうこう言われたくはない。
「関係なくないだろぉ? カノきゅんってば同伴もアフターも、全部その子としかしてないんだろ?」
「うるせぇな。仕事の邪魔だ。どこか行け」
ムスっとした顔のままそっぽをむくカノに、ユウヤがケラケラと笑う。ムカつく笑い方だとカノは思ったが、口にはしなかった。
ユウヤは顔は良いが、笑い方が下品だ。王子様が一瞬にしてチンピラになる。それが面白いと女の子からはウケていたが。カノからすると、ただただイラつくだけだ。
「それで、どうなってんの。吉田クンだっけ?」
「どうもなってねえよ」
乱暴に段ボールの蓋を開け、そう返す。その様子に、ユウヤがニヤニヤと笑い出した。
「おやおやー? カノきゅんまさか、マジなの?」
「は? ふざけんな」
あからさまにからかってやろうという雰囲気に、反射的に口答えする。スルーするのが一番なのは解っていたが、咄嗟に出てしまった。
未だに幹部メンバーからは末っ子扱いされているカノは、からかいの対象になりやすい。
「ウヒヒヒ。へぇー、あのカノがねえ。こりゃ、ヨシトにも教えてやらねえと」
「余計なことすんなって言ってんだろ」
「ええー? でも、マジなんじゃないの? お兄ちゃんとしては、カノきゅんのそういうの、ちゃんとしておきたいじゃない」
「誰がお兄ちゃんだ。マトモそうなこと言うな」
「マトモそう、じゃなくて、マトモだろぉ? 誰がお前にケンカとタバコ教えたと思ってんだ?」
「うざがらみすんな。邪魔だ」
本格的に無視を決め込んで、伝票を片っ端から処理するカノに、ユウヤは肩を竦めて電子タバコを取り出し吹かし始める。
「んで、マジで聞くけど、美咲ちゃんどーした?」
「なんでそこに美咲ちゃんが出てくんだよ」
美咲というのは、カノのエースの女だ。今でも売り上げが一番多い。カノを支える上客で、普段はソープ嬢をしている。母親と重なるところもあって、やや親しくしていたこともあるが、それ以上はない、ただの客だ。
「最近同伴してないだろ? ちゃんとフォローしてんの?」
「……」
確かに最近、同伴やアフターが少ないとぼやいていた。どうやら本題はこちらだったらしい。
「……なんか言ってきた?」
「いいや。でも、今までのカノなら、俺に言われなくともなんとかしてただろ?」
ユウヤの指摘に、カノは黙ったまま返答しなかった。今までのカノとは違うと言われて、『変わっていない』とは言えなかった。口にしたら、逆に認めてしまうようで、憚られる。
「――美咲ちゃんとは、たまに同伴もアフターもしてる。別に、大丈夫だろ」
「本当に?」
そう問いかけるユウヤの視線に、思わず視線を外して酒の整理を再開する。
美咲との関係は変わっていない。ただ、土曜日の同伴とアフターは、入れていないだけだ。それ以外の日は、断ったりしていない。
(いや――)
本当は、それだけじゃない。自分でも、解っている。
ユウヤが言いたいのも、きっとそう言うことじゃない。長い付き合いだからこそ、互いに気を付けることも、気がつくこともある。
「まあ、お前のことは心配してないけどな。それでも、一応」
「解ってる」
カノのその言葉を聞いて満足したのか、ユウヤはポンと肩を叩くと、電子タバコを胸ポケットにしまってその場を後にした。
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