王子

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王子

 ガラス玉の割れたような派手な衝撃音が、優雅なクラシック音楽の合間を縫いダンスホールにいる王子の耳に届いた。  年に一度の舞踏会の日。新品のタキシードに化粧まで装い、今日こそはシンデレラのような美しい妻を手に入れようと気合十分の王子であったが、不穏な予感に、一旦ダンスを中止せざるを得なかった。  音はエントランスホールの方から聞こえてきた。 / 「クソッ、やられた……!」  小走りでエントランスへと向かった王子が目にしたのは、無惨にも床に散らばったショーケースの破片。  そして案の定、その中にあったはずの国宝・虹の石が綺麗さっぱり消えている。やられた。最近この国で頻発している、宝石泥棒の仕業に違いない。 「どこだ? まだそんなに遠くには…………そこか!」  視界の端で何かが七色の光彩を放った。直後、光った場所のすぐ近く、羊角を模した柱の裏から黒い人影が飛び出し、城の出口へ向かって走り出す。  徒競走のスタート合図のように0時の鐘が鳴った。 「待て!」  泥棒は出口から庭に出ると、迷路のように植栽された王子自慢のバラ園の中を、右に左に迷うことなく駆け抜けてゆく。  王子も必死に追い縋るが、元々距離があったことと日頃の運動不足が祟り、あっという間に姿を見失った。  万事休す。しかし、王子の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。 「フフフッ……アーハッハッハ! 馬鹿め! 焦りおったな!」  高笑いする王子の視線の先。そこには、明らかに王宮の者のではない粗悪な靴が一個、見捨てられたように転がっていた。
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